真夏の深夜

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 受験生になり夏休み大半……どころか、ほとんどを夏期講習という名の怪物が食べていった。仕方がない。青春の1年を犠牲にし、輝かしい大学生活を手に入れるためだとため息をつく。  夏の終わり。  俺はクーラーもつけず、窓を開け生暖かい風に当たりながら、今晩も勉強机に齧り付く。  かさっと机の引き出しの中にあった模試の判定結果を見た。 「……模試、まだ、B判定かよ……こんなんで第一希望って受かんのか?」  模試結果をもらった日、塾の講師と面談をしたときを思い出す。 「第一志望は、この段階で、あと一つというところですが、違うところも考えておいたほうがいいですね」 「……残念です」と続きそうな講師の声のトーンに、俺まで暗い気持ちにさせたその言葉を何度も飲み込んだ。 「どんだけ勉強しても、あと一つが届かない。くそっ、どうしろってんだ?」  頭をガシガシと掻き、勉強していた机につっぷする。勢い余ってゴチンとデコと赤本がぶつかった。痛かったが、眠くなってきていたので、ちょうどいい目覚まし代わりだった。 「ラジオでもつけよ……」  手を伸ばし、父からもらったお古のコンポの電源を入れた。  もう、どれくらい前の製品なのかわからないが、現役のそれは、真夜中の暗い部屋に明るいしゃべり声を届けてくれた。  最近はもっぱら、ラジオの深夜番組を聴きながら、勉強をすることが多い。それじゃあ、頭に入らないと思うけど、勉強をしていないと落ち着かないのと、眠くなるまで誰かの声を聞いていたい……そんな気持ちからだった。 「ふぅ……やるか!」  耳はラジオ、手にはペン、目は赤本を見て、勉強を再開する。 「夏休みやけど、こんな時間に起きてる悪い子はいないかー!」 「いや、おらんやろ? おったら、あかんやろ? 特に小学生!」 「いやいや、わからんで? それにおらんかったら、誰が俺らのくっだらんことしゃべっとるラジオ聴いてくれんねん!」 「たしかになぁ?」と、ラジオからは芸人らしい明るい声。  こんな真夜中にもかかわらず、その元気な声を聞きながら、赤本のページをめくった。  「今って真夏やん?」 「そやなぁ?」 「真夏と言えば……」 「海っ! 美女っ! ビキニっ!」 「あほぅ! なんで、真夏に海行ってビキニの美女とうふふやねん!」 「ええやん、うふふ! うふふしよにさ!」  相方の絶妙な感じの会話のテンポにクスっと笑ってしまう。 「ちゃうわ! 真夏……しかも、深夜と言えば……肝試しに怪談やないか!」 「えぇ、オレあかんやつやん? やめようーや?」 「なんや、お前、怖いんか?」 「当たり前やって! お化けやろ? お・ば・け!」 「ふぅーん、そうかそうか。大人になっても、怖いんか。そうかそうか」  ニヤリという言葉が頭に浮かぶやりとりを聞いて思わず笑ってしまう。  きっと、この芸人は、相方を恐怖に落とすために始めるのだろう。  ……怪談か。 「100本の蝋燭立てて怪談するとか、昔は、そういう番組も多かったよなぁ……今じゃ見かけなくなった気がするけど」  娯楽としてのテレビを見なくなって1年。  ひたすら時事問題のためだけに、ニュースや新聞を読み漁っていることが多いので、懐かしむ。 「ほな、いくでぇー!」 「えっ、ちょ、ちょっと、待てぇーいっ!」 「いいや、待たへん! 待ったところで、変わらんわ! それより、感動ものと怖い系やとどっちがえー?」  しばらく無言の相方は、必死に考えているんだろう。公共の電波で流すもんだから、それほど怖いものは予想していない。 「はい、ぶぅー! どっちもいきます!」 「はぁ? ふざけんなっ! どっちかにせぇよ!」 「答えん方が悪いわ。いくで?」 「いかんでもえーけど、耳ふさいどくわ!」  相方には、申し訳ないが、興味をそそられ、逆にコンポの音量を上げる。  静まり返った深夜の部屋。電気も勉強机のスタンドライトしか付いておらず、ラジオの向こうも静かだと、この部屋以外の音まで聴こえてきそうだ。  すぅっと息の音と共に、静かに始まる。 「……とある県に山の頂上付近にある高原公園へとつながる道が、国道沿いにあるねん。その場所は、携帯電話の電波ももちろん届かん山の中。国道といっても山道をくねくねと登ったところに、トンネルがふたぁーつあんねん。そのトンネルの明かりは、少々暗め。さらに間引きをされ、夜になるとさらに不気味な雰囲気になんねん」 「……トンネルかいな! そ、そのトンネルにでるんか? そ、その幽霊が!」 「いや、なんで、先にオチを言おうとすんねん! 意味がわからんわ!」 「……はよ、終わらせたいんや!」  相方の悲痛な叫びは、本当に怖がっていることがわかる。ただし、内心笑いをこらえながら、トーンを落とした声で話は続けていく。 「まだ、まだやで?」 「もう、いやや……はよ、終わってぇな……」 「トイレいけんくなったら俺、ついてったるから大丈夫やで?」 「なんでやねん! この年にもなって、何が悲してお前と一緒に……来てくれるか? 一緒にトイレ」 「そのときがきたらな。まぁ、えーわ。続けるで?」 「…………」 「どんだけ怖がりやねん!」  ケタケタ笑っているが、相方の方は、尋常じゃないほど怖がっているのだろ。 「そのトンネルを抜けたところに……」 「さっきのトンネルとちゃうんかい!」 「ありがちやん! トンネル。ちゃうで? まぁ、しっかり聞いとけって。それでな? 高原公園へ行ける道があんねんけどな? その道もくねくねと曲がった片道一車線の道なんよ。夜になれば、人通りなんてもんはない。だから、その高原公園までの道は、走り屋の溜まり場やってん」 「走り屋ってあれやろ? 公道を爆速で走ってタイム競うとか、度胸試しするとか」 「そうそう。流行ったやろ? 俺らの代より上の代で。みんな20前後の若いもんやのに、どちゃくそえぇークルマ転がしてんねんで?」 「なんや、お前、見に行ったことあるような言いぶりやな?」 「あんで! 昔ってゆうても、兄貴らの代やでな。連れてってもらって」 「はぁ?」 「いうとくけど、今話してるとことは違うとこやでな」  怪談の話をしているはずが、相方の気になるとこで、話がちょいちょいずれていく。  ……肝が冷えるような怖さ、全然ないな。解説が挟まると、逆にそっちもしっかり聞いてしまう。  相方が割って入るからなのはわかっていたが、いつの間に、勉強する手を止め、聞き入っていた。 「もう、お前のせいで、ちょいちょい話止まるやんけ!」 「あっ、でも、オチわかった!」 「言うなよ? わかってんな? ネタバラシほど、この世の罪が深いもんはないぞ?」 「……黙って震えとくわ!」  また、静かになった。きっと、相方は釘を刺されるように睨まれているところなのだろう。  一呼吸置いたところで話が再開される。相方が言ったように結末はなんとなくわかった。化けて出るみたいな話なんだろう。  ここまで聞いたなら、最後まで聞くことにした。 「ある日、その道で負けなしの走り屋がおった。そのあたりでは王様言われる人物や。レースが強いとかタイムが早いとか運転がうまいとかそれだけちゃうねん!」 「イケメンとか?」 「それもあるけど、めっちゃええ人やねん!」 「なんや、ええ人に熱こもってるな?」 「そうか? でも、ええ人なんやで! レースは負けなしで強いけどな?」 「ほぉーん。で?」 「その日、レースを申し込んできたのは、初めてレースに参加すると意気込んでいた子。スタートの合図とともに、ふかしにふかし、アクセル全開で高原公園から国道へ向かっての下りのタイムトライヤル。狭い道を抜かし抜かされしながら、挑戦者が初めてとは思えんほどのハンドル捌きを見せた。所々で観客もあるからな。それを見て、王者が変わるか! と皆が思ったくらいやった。……ゴール直前の最終カーブ。それは起こった」 「……何が起こったん?」 「挑戦者のクルマのタイヤバーストや」 「バースト? それってむっちゃ危ないやつやないか!」 「そうや! 最終カーブに入る直前で、それはおこってもたんや。その挑戦者は、ガードレールを超えて国道に落ちると覚悟したらしい」  ゴクッと唾を飲み込むような音が聞こえてきた。結果が分かっていても、話の続きを聞きたくて仕方がなかった。 「そのとき、挑戦者のクルマの外側から、王様が絶妙な感じで自身のクルマを挑戦者のクルマへぶつけた。挑戦者はそれで山側へつっこんでって、クルマが止まって助かった」 「助かったんかいな! よかったなぁ、その挑戦者!」 「そう、挑戦者はな」 「……ほな」 「王様は、最終カーブで挑戦者を守るためにさらにアクセルを踏んだ。そして、そのまま国道へとクルマごと投げ出され、アスファルトに叩きつけられて炎上」 「……むごいな、それ」 「せやな。無茶な運転はせんといてくれって話や」 「それの、何処が怪談やったんや?」 「あぁ、まだ、続きがあんで? その王様が炎上したクルマからぼんやり見つめた先にあったのが、トンネルを抜けたすぐにあった公衆電話。焼け爛れ、至る所の骨が折れ、血まみれの王者は挑戦者のために、救急車を呼ぼうとその公衆電話へと近づいた。そのときにはもう、王様は死んでたあとやっちゅうのに」  グズグズと鼻を啜る音がする。相方……散々、邪魔をして、さらに邪魔をするのか! と思いながら、続きを聞く。 「そのトンネルを抜けたあと、そうやな、ちょうどこの時間……、その公衆電話の前を通ると、助けを求め血だらけの王様と炎上してボロボロの愛車が見えるらしい。助けを呼びたいと電話をかけているらしいんや」 「見える人やったりする?」 「見えるわけないやろ? 言うても、誰かの教訓話やと、俺はおもてんで? 命は大切に。クルマは正しく乗りましょう! 夜中は、大人しく俺らのラジオを聴いて、ケタケタ笑ってくれっちゅーことや!」 「まぁ、話、聞いたけどさ? 結局、最後のが言いたかったんやろ?」 「……いや、怪談したかっただけやで? おっ、そろそろお暇の時間やな? じゃあ、締めっちゅーことで……」  一瞬、シンっとなるラジオ。音声は繋がっているはずなのに、とても静かだった。 「……あなたのスマホに、王様から『……助けて……』と言う電話がかかってくるかも……しれません」  トーンの変わった低い声で恐怖を煽るような一言。そのあと、また、シンっとなり、こちら側の空気も先ほどとは、違う気がした。  ……ちょっと、体、冷えたかも。  抱きしめるように自身の腕をさする。少しだけ、深夜で静かなことが怖くなった。 「な、何にもないよな。さぁ、つづ……」  そのとき、ビリリリ、ビリリリと静かな部屋にスマホが爆音で鳴り響く。公衆電話と表示された画面に驚き、思わずスマホを取り落としてしまった。  床に落ちた後も着信は鳴り止むこともなく、鳴り続けている。 「……まさかな? そんなこと、あるわけ……」  あまりにも長い着信であったので、受話を押す。もちろん、少し離れたところから。 「…………たす……て……ブツッ、プープープー……」 「はっ? えっ、えっ……」  電話の向こうから聞こえてきたのは、音が悪く聞き取りにくく、くぐもった声。  ……男だったよな? こんな時間に、何? イタズラしちゃって!  あはははは……とから笑いしていると、また、公衆電話からの着信がつく。 「な、なんだよ! 俺、知らないからな! その高原公園も、国道もトンネルも公衆電話も!」  怒りのまま続いているスマホに怒鳴った。そうしないと、じわじわとさっきの話と現実が混濁して震えてきている。  あまりにも鳴り続いたので、電源を落とし、寝ることにした。  さっきまで聞いていたラジオは、やたら明るい音楽に変わっていたので、こちらも電源をきる。  真っ暗にしてベッドに潜り込む。暗い部屋は、時計の秒針のコツコツコツ……と規則正しい音だけが響いた。芸人がただただ楽しく話しているだけのラジオ番組だったはずが、今ではその話を繰り返し言葉にしてしまい、寝れそうにない。タイミングよくかかってきたスマホの画面に表示された公衆電話の文字も、冗談抜きでどうなっていることかと、考えないようにした。  ……寝れなくなるじゃないか!  瞑っていた目を少しだけあけた。  ビリリリ……ビリリリ……  電源を切ったはずのスマホから、また、着信音が聞こえてくる。 「次はあなたのスマホに電話がかかってくるかもしれませんよ?」  芸人が言った最後の一言が、妙に耳についていた。  - 終 -
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加