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目を開けると。 見慣れた天幕があった。 濃紺と新緑の色の布に、鷹の刺繍。 その目に睨まれて。 「夢…」 身体を起こす。 顔をさする。 火傷で爛れた皮膚の感触を確かめる。 あれから丸3年経った。 傷は消えない。 顔の右側ほぼ半分に、首、肩、右腕。 まだら模様に赤く変色している。 皮膚が突っ張って痛む。 冷たい風や夜露にひりつく。 天幕を出ると。 まだ朝陽の昇らない空は。 雲のない青。 早春の冷気を吸い込む。 肌と肌の境界が軋む。 斜面を登る。 突き出た岩の上に立ち。 集まって張られた天幕を見下ろす。 山に、森に暮らす彼らは、空渡りの一族。 世界にまだ、神という存在があった頃。 人々は地面に這いつくばって生きながら。 空を見上げて祈っていた。 ここはとある大陸の、東の山々の中。 小さな集落が点在するうちのひとつ。 気球に乗り、風の中で生きる民。 空渡りたちの里だ。 色鮮やかな天幕は、空からの目印。 「おはよう、サルクイ」 背後で声がした。 「早いな」 振り返ると、3歳下の里の少女が。 長い髪を風にそよがせていた。 「今日は東風を呼ぶから」 サルクイの横を抜け。 岩場の先端に足を組む。 彼女はヒワ。 里の風読みだ。 髪を伸ばし、渡りをせず。 風に唄を捧げ、気球乗りたちの無事を祈る。 じっと見ていると、振り返りもせずに。 「今日は、見送りには?」 たずねる。 「行かないよ。  俺がいくと、良くない風が吹く」 ヒワは否定しない。 その通りだから。 「港町へ降りる人もいるらしいよ」 「別に、  俺は言うことない」 「そう…」 ヒワはまた。 唄をうたう。 風に揺れる彼女の艶やかな髪を見て。 サルクイは。 焼け爛れた頬に触れる。 自分が飛べなくなった日を思い出す。
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