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サルクイの両親は優秀な気球乗りだ。 しかし親から渡りを習うことは、幼い頃を除いてほとんどなかった。 王国の南方遠征の支援隊に参加していたのだ。 それでもサルクイは寂しくなどなかった。 同い年の従兄弟のヘビクイがいたからだ。 2人はいつも一緒に、渡りの練習と称して山の中を駆け回り、里を訪れる気球乗りにちょっかいを出していた。 「こらサル!ヘビ!  祈りを疎かにするんじゃない」 「うっせえババア!」 木登りの得意な2人は、よく頭上からいたずらをしたものだった。 「師匠に暴言吐くな!」 9歳のヒワが言い返す。 唄うたいの修行中で、よく里長についていた。 「ちーび」 「くっそ!」 サルクイたちを追いかけるうち、ヒワも木登りが得意になった。 どう登れば早いか。 どう登れば疲れないか。 2人を追ううちに覚えてしまった。 時々。 木の上で休んでいると。 2人が構いに来た。 「これから火起こしするけど来るか?」 「勝手に炎を呼んじゃダメだよ」 「俺たちもう自分でできるし」 「今日は西から乾いた風が降りてくる日だよ」 「知ってる。  昼前に片付けりゃ大丈夫だって」 里長も大人たちも2人には手を焼いていたが、渡りの勘は親譲りで鋭かった。 きちんと学べば優秀な気球乗りになるだろうと思っていた。 「セイタカ、  次の渡り、俺たちも連れて行ってくれよ」 「12になったらな」 夕食時。 北の深い森から定期的に補給に訪れるセイタカは、よくちょっかいをかけられていた。 「12になったら絶対な。  あと2ヶ月だ」 「その頃には、  遠征隊も帰ってくるだろ」 「いいや、  当てにならない」 ヘビクイが口を挟む。 「南方遠征は計画よりだいぶ遅れてるって噂」 「そんな噂どっから」 「王都と行き来する気球乗りが言ってた」 ヘビクイの言葉に。 「南方遠征なんて言葉濁しやがって、  侵略だろ」 サルクイは毒づく。 「こら」 セイタカの制止を。 「俺たちも侵略に加担してるんだろ?  空に人の争いを持ち込むなっていう、  風の教えはどうしたんだよ」 「断ればそれこそ俺たち一族が潰される。  気球を使って命を奪わないという条件を、  なんとか守って飛んでいるんだ」 「風も、  自分の庭だけ綺麗ならそれでいいのか」 「サルクイ」 違う声がした。 背後に里長が立っていた。 その脇には、唄うたいの修行中のヒワも。 「滅多なことを言うな」 サルクイはぷいと顔を背ける。 それをヒワは、じっと見ていた。 サルクイの言い分は分かる。 セイタカの言うことの方が分からない。 それは自分が子どもだからなのだろうかと。 ヒワは何も言わなかった。 「セイタカ、  お前に仕事を頼みたい」 里長は、いつになく険しい顔をしていた。 「まさか」 ヘビクイがまた口を挟もうとするのを。 手で制し。 「国王から、  南方遠征支援の追加を求められている。  断ることはほぼできない。  せめて3年前から行っている空渡りのうち、  半分を引き上げてもらうよう交渉している」 「俺を追加人員に、ってことですね」 「セイタカは独立して半年だぞ?」 「それだけ空渡りは少ないってことだ」 「なら、早く次を育てようとは思わない?」 子ども2人の文句は無視して。 「強制ではないし、  他にも打診している渡りはいる。  よく考えてくれ」 里長はそれだけ言って立ち去った。 「行くつもり?」 「里長たちが必要だと判断したのなら、  行くよ」 「俺たちも連れてけよ」 「遊びじゃないんだ」 ポンと頭に手を置く。 「きっと入れ替わりで、  君たちの家族が戻ってくるよ」 セイタカの笑顔は嘘を貼り付けた薄っぺら。 もう何度、帰還の日を延ばされていることか。 きっとまた人員だけ取られて、帰っては来ないだろう。 6日後、交渉のため王都へ向かうセイタカを、諦めた目で見送った。 「サル、  このままじゃ俺たち、  ずっと飛べないと思う」 「…いや、飛ぶ」 木の枝に登って。 高いところから里を見下ろしながら。 「飛ぼう。  ヘビ」 「うん」 里長のそばでセイタカを見送ったヒワは。 その頬に。 嫌な風が触れた気がした。
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