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それから幾日も経たない夜。 眠っていたヒワは。 風に呼ばれた。 こっち。 こっちだよ。 ほら。 夜明けにはまだ早い。 呼ばれるままに天幕を出て。 沢を越える。 いつもの発着場じゃない。 山の尾根の向こう。 普段は使わない。 木々のない僅かに開けた場所に。 1機の気球が。 勢いよく膨らんでいた。 「…!サル!」 一度だけ見たことがある。 サルクイの父の古い気球だ。 その籠のそばに。 サルクイとヘビクイの姿があった。 「何してるの!」 「ヒワ?!」 駆け寄る。 「来るな!」 「だめだよ!  やめて!  風が睨んでる…!」 「風なんて!」 サルクイに怒鳴り返され。 息を飲む。 「風なんて信じられるかよ。  俺たちは自分の力で飛ぶ」 ヘビクイの言葉に。 「風が怒るよ…  やめてよ…」 声が震える。 泣かないようにするのに必死だった。 「ヒワはさ、  なんで大人の言うこと聞いてるの?」 「なんで?」 「飛びたいんじゃないの?」 「…!」 ざくりと刺さる音がした。 後ずさる。 「自分で考えなきゃ駄目だよ。  大人の言うことに従って、  やりたくないことばっかりさせられて、  都合よく使われるだけになっちゃ駄目」 「私は、  自分で選んでこうしてる」 髪が躍る。 「里長が決めることには、  意味があるよ」 サルクイが笑い出した。 「里の、  あるいは一族のためのだろ?  それとも王国のためか?」 球皮はもう。 限界まで膨らんでいた。 「俺たちは俺たちのために飛ぶ。  お前は、  お前のために唄うことなんてあるのか?」 籠に飛び乗った。 「待って!」 「俺たちのために祈らなくていいよ。  いらない」 気球は。 なんの祈りの言葉もないまま。 空に昇っていく。 「いや、いやだ…!」 気球の周りを。 どす黒い風たちが取り囲んでいた。 「お願い、やめて…」 風たちは聞いてくれない。 「どうしよう、師匠!」 もと来た方へ駆け戻る。 自分では止められない。 あんな風への祈りなんて。 どうしたらいいのか分からない。 怖い。 あれが風の怒りなのか。 「サル、ヘビ…!」
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