慈雨

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雨は好きだ 家に帰らなくても服を濡らして怒られるから「雨宿りしていたと」言い訳ができるから 雨はありがたい いつも俺の事を心配してくれてるあの子に「雨だから家から離れて雨宿りしていたから心配しなくていい」と伝えて一先ずは安心させることができるから でも雨は嫌いな時もある 雨の時はいつも、雨宿りをしたのなら自分がこの世界から姿を消しても良い言い訳を探して作る時でもあったから だから、そんな時は雨音に耳を澄ましていた。 そうしたら、ほんとうに世界から消えてしまえたように思えていたから。 「雨はつまらんね、お前(わい)もそう思わんか?」 最近、性別は女ながらも時代と土地柄で一人称を"俺"としている使用人の自分を渋々受け入れる様になった、黙ってさえいれば可愛く幼くも溌剌とした坊っちゃんが実につまらないといったのを毛の先程も隠すつもりはないといった調子で、ぷっくりと頬を膨らませて口にする。 思わず膨らんだ頬を長くはないし、きっと同年代に比べたのなら武骨ともされる指で押したくなる衝動をこらえながら、"俺"は返事をする為に口を開いた。 「そうでしょうか、雨が降ってくれるお陰で田んぼで米は出来ますし、植物は育ちますからね」 もうすぐ梅雨が終わるという時期、最後の仕上げという具合で雨音が室内にまで及んできていた。 その雨の勢いで坊っちゃんが、もうすっかり飽きてしまった室内の遊戯に、実に子供らしく文句を言っているところで、俺は子守りで世話係として、自分の好物を絡めてそんな返事をしておく。 けれども、内心は坊っちゃんと同じで、確かにつまらないという気持ちでもあるから、相手をしながらも自然と表情は柔らかいものなっていた。 そこを目敏い坊っちゃんが見逃す筈もなく、最近では追い付くのも大変な、幼児とは思えない脚の早さで側に控えていた俺によってきて、もうなれた具合で抱きついて器用に昇り、俺の顔を可愛らしい手で挟み込んでにんまりという言葉のお手本の様に笑って口を開いた。 「わい、今、うそゆうたろ?本当(ほんのこ)ちゃ、おいと同じで、雨はつまらんじゃろ」 「……確かに、つまらんかもしれませんが、雨は必要でありがたいものですよ。恵みの雨という言葉もありますから」 坊っちゃんに嘘をついても仕方がないので、正直になところを告げたのなら、俺が"つまらない"と認めたことで、ご機嫌になってくれたようだった。 それからいつも通り、自分の握力で俺に貼り付いている。 「でも、ありがたいちゅーても、花や草に水やりしなくてもいいちゅうくらいなもんじゃろ?」 どうやら、全面的に「雨はつまらん」という考えを認めさせたいらしく、坊っちゃんは俺に食い下がった。 どうにも、最近”俺とおそろい”が御望みで、合わせられるのなら、俺の方に合わせろというのがいかにも坊っちゃんらしくもある。
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