雨音はあなたへの愛言葉

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 ぽつぽつぽつ。宇宙港のラウンジには彼女とその連れ以外の人影はない。そのせいか、まばらに降る雨が窓ガラスに当たる音が聞こえていた。 「雨がある惑星を訪れるのはいつぶりかしらね? アディ」  窓ガラス越しに雨を見ていた彼女が呟いた。 「宇宙標準時で千七十八日と五時間二十分十四秒ぶりです」  その言葉は半ば独り言であったが、連れは律儀に返答し、彼女は振り返る。 「相変わらずのそのAIジョーク。面白いと思っているの?」  口では連れの言葉を否定するようなことを言っているが、彼女は上機嫌のようだった。 「これは我々、リー家AIの伝統ですので」  このやりとりは、きっといつものことなのだろう。彼女はAI搭載型アンドロイドの言葉を聞いて、ニヤリに笑う。その途端。 「Dr.美咲=アウローラ=シン=リー。ただいまを持って検疫隔離終了です」  ラウンジにアナウンスが響いた。 「よし! さて、この星じゃ何が待ち受けているのかしら?」  Dr.リーはもう一度窓の外を見る。彼女の視線の先には、惑星開発拠点基地コロニーの大きなドーム型施設が五つほど見えた。その建物群の向こうは雨に煙って見えない。そして。 「美咲!」  ラウンジのドアが開く。駆け込んできたのは、Dr.リーと同年代、三十歳前後の女性だった。 「ルカ!」  その相手を認めた途端、Dr.リーの顔が輝く。 「久しぶり! 元気だった?」  ルカが駆け寄ってきて、二人は少女のように手のひらを合わせた。 「元気よー。大学卒業以来ねー」 「本当! ルカ。惑星開拓団に入ったのは知ってたけど、こんな最遠部の星に派遣されるほどになってたなんて! なんで教えてくれなかったの?」 「うふふ。ビックな発見して驚かせようと思ってー。(あたし)一応この星の生命体探査部署の、責任者なの」 「え? じゃあ、私を呼んだのって」 「あ・た・し♪」 「そっか。なら、遠慮はいらないわね」 「もちろん、どんとこいよ。あ。久しぶり、アディ」  ルカがアンドロイドの方を振り返った。 「いいえ。初めまして、Ms.ルカ=ファース。私はあなたがご存知なアディの三世代後のAIです」 「え? そうなの?」  ルカが驚いた顔をする。目の前にいるアディは、ルカが知っていたものと外見がそっくりだったのだ。 「そうよ。私たちが学生だった頃のアディは大学に残してきたから」 「へー。じゃあ、このアディって?」 「地球外生命体のコミュニケーション解析専門のAIよ」 「はー。じゃあ、美咲の虎の子って訳ねー」 「そうね。私の地球外生命体の研究の要」 「そっか。よろしく、アディ……」 「個体コードはアマデウス=XI(イレブン)です。ですが、アディとお呼びください」 「分かったわ、アディ」  美咲と最初に会った時も、雨が降ってたっけ。こんなふうに雨音がしてた。  美咲は『全知性』研究分野で影響力を持つリー家の一員だった。最初期宇宙開発時代、リー家はAI研究の端緒で功績を残す研究者を多く排出した。それから彼女らの研究は、地球外惑星で出会う他星の知性研究へと発展していった。  女系のリー家のお嬢様。ということはかなり将来を嘱望された人物。  だから、美咲と初めて会った時、私はかなり身構えていた。ここから遥か遠い『月』にある大学の入学式。寮で同室になったのが、有名リー家の一員だって知った時には愕然とした。だって(あたし)は目立つとこもないごくごく一般的な家で育ったから。  そりゃ、自分の頭脳にはちょっとは自信があった。でも、人類のトップレベルが集まってくる大学の中じゃあ平均的って感じだし、最上位にいる美咲とは比べるべくもない。  それもあって……実際顔を合わせるまでは、同室だっていってもきっと相手にされないんだろうなって思い込んでいた。
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