Black Widowers6

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Black Widowers6

ノイジーヘブン滞在三日目。 「ブラックウイドウ?知ってる~男のアレをちょんぎって持ち歩く猟奇殺人鬼よね、グロっ」 「えー、私は女のアソコを抉り取って持ち歩くって聞いたよ。どっちにしろ悪趣味よね」 「麻酔を嗅がせて子宮を摘出するんじゃないっけ」 「子どもができない体だから子どもを欲しがってるって」 「ヤるか死ぬかの黒後家蜘蛛、巣に掛かったら一巻の終わり。最近ノイジーヘブンで流行ってる戯れ歌よ、知らない?」 「変装の名人って聞いたわ、毎回別の顔で獲物に接触するから足取りが掴めないの」 どうでもいい情報は腐るほど掘り当てた。が、本命に繋がる鉱脈は死んでいる。 今日も今日とてスワローは娼館に出入りし、体を張った情報収集に勤しんでいた。 「あっ、やだっ、あッぁあっ、奥ッ、ぁッんあッ、強く突いたらもッふぁぁッ、だめっ死んじゃうっ、ィく―ゥッ!」 「じゃあ死ね。本物の天国見てこい」 喘ぐ娼婦を後ろから犯し、スワローが囁く。引き締まった胸板ではねるドッグタグが、安物のベッドの軋みに合わせ涼しげな旋律を奏でる。 ノイジーヘブンに来てから抱いた人数は覚えてない。両手じゃ足りない数なのは確かだ。 何人何十人と肌を重ねても物足りなさを覚えるのは、スワローが求める快楽を与えてくれる相手が、世界に一人しかいないから。 セックスは排泄に似ている。溜まったものを出してスッキリできるならそれにこしたことない。 「はあ……はあ……」 「残念。翼がなくちゃ飛べねえな」 蜂蜜色の肩甲骨にキスし、おくれ毛を梳く。 「どんな些細な事でもかまわねえ、黒後家蜘蛛のネタが入ったらすぐ連絡しろ、いいな。他のヤツに浮気すんなよ。モーテルの名前は覚えてるか」 「make or break……」 「上出来」 ベッドに突っ伏す娼婦を労い店を出る。 スタジャンのポケットに手を突っ込んで大通りを歩けば、道行く人々がスワローに目を奪われる。 口笛でなぞるのは昔ピジョンが作ったラジオから流れて来た歌、『The Spider And The Fly』。 軽快なステップで人ごみをいなし、肩で風切り進む。 スワローはダンスが得意だ。音痴な鳩と違い、音感にも恵まれている。でも踊るなら一人より二人の方が断然楽しい。 脳裏を過ぎるのは数か月前、キマイライーターの豪邸で催された金婚式の舞踏会の記憶だ。 踊った女の顔と名前は忘れてしまったが、兄とはしゃいだ記憶は鮮明に残っている。 「天国に滞在(ステイ)すんのもいい加減飽きたぜ」 懸念事項は他にもある。最近ピジョンの様子がおかしい。 先日は劉の差し入れのタコスをまるまる残した。食い意地の張ったピジョンが昼食に手を付けないなんて一大事だ。 あれから何を言っても上の空、生返事しかよこしやがらない。終始ぼんやり宙を見詰め、放心状態で過ごしている。 「帰ったぞ」 ドアを蹴り開け中に入れば、ピジョンはベッドの片方に掛けていた。 「聞き込みは?」 「今帰ってきたとこ」 「収穫は?」 「見てわからないか」 「んだよ使えねえ。色仕掛けに色気がたりねえんじゃねえの、気合入れて口割らしてこい。それか隣にしけこんでるグラサン野郎からネタぶんどってこい」 「呉さんは捕まらないみたい。劉も困ってた。そっちは……聞くまでもないか」 「野郎なかなかはしっこいぜ、変装が得意らしい。待てよ、顔いじってる可能性もあっか。いっちょ闇医者あたるか、このあたりにヤサ構えてんのは」 続く言葉が途切れる。ピジョンの足元に一人分、荷物が纏められていた。よく見ればケースに入れたスナイパーライフルを背負ってる。 「アンデッドエンドに帰る」 「は?」 スワローは面食らい、鸚鵡返しに返す。ピジョンは酷く思い詰めた様子だ。冗談を言ってる素振りはない。 「イカレちまったの?」 「イカレてない。大真面目だ」 「黒後家蜘蛛をやるんじゃねえのか」 「急用ができたんだ」 「何?」 「友達の葬式にでる」 ピジョンに劉やスイート以外の友達がいたなんて初耳だ。兄の交友関係は把握してるはずだが……。 「賞金首は?」 「すぐ戻ってくる」 「俺は?」 「子供じゃないんだから、一人で大丈夫だろ」 たしなめる声はそっけない。横顔は固く張り詰めていた。スワローはあきれる。 「正気かよ、移動だけでも二・三日かかるってのに」 「どうしても譲れない用事なんだ」 「俺たちの目的は黒後家蜘蛛を狩る事。そのためにわざわざノイジーヘブンくんだりまで出向いてきたのに?お前だって珍しくやる気見せてたじゃん、これ以上蜘蛛野郎の好き勝手にゃさせねえ、犠牲者はださねえとかほざいて。ありゃでまかせか」 「嘘じゃないよ。黒後家蜘蛛の凶行を止めたいと思ってるのは誓って本当だ」 「じゃあ何で」 納得いかず詰め寄る弟に対し、ピジョンはベッドに掛けたまま動かない。 兄の隣に畳まれた新聞が目に入る、先日劉が忘れていったものだ。 無造作にひったくり、一面の記事を読み上げていく。 「アップタウンの惨劇!富豪を狙った強盗か?ロバーツ一家惨殺」 掲載された一家の写真に既視感が疼く。 左手前で微笑む少女に見覚えがある気がした……きっと気のせいだ。あるいは街ですれ違ったか一度や二度寝たかもしれないが、その程度じゃ知り合いに数えない。 従って、一家殺害事件の記事を読んだスワローの感想はこれに尽きる。 「どっちも美人なのにもったいねえ」 ピジョンの顔が切なげに歪み、膝の上で組んだ手が軋む。スワローは写真を弾いてうそぶく。 「うらやましいよな、アップタウンにお住まいの金持ちサマは。市長の仕切りで大がかりな追悼式典してもらえんだろ?貧乏人がおっ死んでもシカトこきやがるくせに、世の中不公平だと思わねえか」 「それだけか」 「あ?」 「他には」 「左の女はまあまあ好み。死ぬ前に一発頼みたかった」 「踊った子の顔も覚えてないのか」 ピジョンの一言で空気が凍り付いた。 まじまじ写真を見直す。 思い出すのは紳士淑女がさざめく豪華絢爛なダンスホール、あの夜シャンデリアの下でスワローと踊ったのは…… 「コイツが原因か」 指摘する声が酷薄に冷え込む。ピジョンは何も言わない。沈黙は肯定の証。 「ふざけるなよ」 次の瞬間、新聞を投げ付けていた。 「コイツがノイジーヘブンからケツまくって引き上げる理由か、ゆずれねー目的とやらか。たった一回踊っただけのオンナが強盗に殺されたから、クソくだらねー追悼式典に出る為に仕事ほっぽりだすってか」 「悪いかよ」 ピジョンの決意は固い。組んだ手の関節は白く強張り、伏せた赤錆の瞳が悲哀に沈む。 「今さら帰ったって何にもならねえよ」 「犯人は捕まってない」 「で?ターゲットチェンジ?たった一回踊っただけ、寝てもいねえ女の仇討ちにしゃかりきになんの」 「グウェンを殺したヤツがのうのうとしてるなんて許せない、じっとしてられないんだ」 苦しげな声を絞り、ピンクゴールドの髪の毛を一房握り潰す。 「グウェンの事で頭が一杯だ。それしか考えられない」 『恋する人と血が繋がってるだけでよこしまだとは思わないよ』 『さんざん気持ちよくさせといてなによ、知ったかぶって!!』 彼女も俺と同じ、不毛な恋をしていた。 もっとわかりあえたはずなのになんであんな別れ方をしてしまったのか、グウェンの訃報がもたらされてから悔いばかり募っていく。 どんな怖い思いをしながら死んでいったのか、どんな痛い思いを味わされたのか、考えるだけで気が狂ってしまいそうだ。 記事曰く、グウェンとミリアムは隣り合ったベッドで辱められたらしい。 「犯人は二人以上。姉妹を寝室に連れ込み、同時に嬲り者にした」 『グウェンでいいわよ、みんなそうよぶから。仰々しくて嫌いなのこの名前』 『自分で自分の足踏むなんて器用ね、笑っちゃった』 『いい子のミリアム……姉さんとは大違い。さんざんパパとママの手を焼かせてきたの』 強気で勝気で奔放なグウェン。 君は一体どんな思いで、好きな人が犯される様を見せ付けられた? 自分が犯される様をさらされた? 君と君の家族を嬲り殺した鬼畜外道は、アンデッドエンドの空の下を大手を振って歩いてるのか? 『私を撃ち落としてよスナイパーさん』 瞼の裏に咲く笑顔が感傷をかきたて、手のひらに爪が食い込む。 ダンスに誘ってもらえて嬉しかった。次があるならもっと上手くやれるとうぬぼれた。 「次なんて、なかった」 グウェンを凌辱・惨殺した犯人を許せない。全存在を賭け、この手で捕まえる。グウェンの尊厳を回復するんだ。 自責の念に苛まれるピジョンに対し、スワローは鼻を鳴らす。 「うぬぼれんじゃねーぞ。お前がいたって事件は起きた、ありふれた悲劇は止めらんねェ。被害者はアップタウン、こっちはダウンタウン。はなっから手ェだせねーだろ」 「せめて花だけでも手向けたい」 「ブラックウイドウは野放し?ノイジーヘブンの娼婦は見殺しにすんの?」 「そんなこと言ってない」 「言ったも同然だ」 「少しの間だけ。用を済ませたらすぐ戻る」 「行かせねえ」 「ミリアムと踊ったろ。心は痛まないのか、冥福を祈りに行けよ」 「寝た女にいちいち情けをかけてちゃきりがねえ。生き返りもしねえのに」 ピジョンが大きく目を剥き、怪物でも見るようにスワローを凝視する。 スワローはふてぶてしく開き直る。 「死んだらそれでおしまい。コイツらはたまたまツイてなかった、そんだけだ。とっとと忘れちまえ」 スワローの言葉を聞いたピジョンがおもむろに立ち上がり、リュックを掴む。 「待てよ」 「どけ」 「行かせねえ」 「足手まといが消えてせいせいするだろ」 引き止める手をふりほどき、きっぱり拒絶する。 「俺とお前は違うんだ、スワロー」 前髪を透かして冴える双眸に虚を衝かれ、スワローが立ち尽くす。 ピジョンが弱々しくうなだれ、十字架の鎖を手繰る。 「最後にもういちどだけグウェンダリンに会いたい」 「助けらんねえでごめんなさいって詫び入れにいくのか。なあピジョンいいこと教えてやる、お前のせいでこれからもっと人が死ぬ、他でもねえお前が見殺しにすんだよ」 スワローが激高し、ピジョンの胸ぐらを締め上げる。 「手遅れの女とまだ助かる犠牲者、どっちをとるんだリトル・ピジョン・バード」 「行かせてくれ。一生のお願いだ」 「やだね」 「そこをどけ」 「力ずくでどうぞ」 「~ッ、わかってくれよ……」 「わからねえよちっとも、お前の言ってることやってること全部」 「俺だって救いたい、ブラックウイドウを捕まえたい」 「じゃあここにいろ」 重ねて命じれば、ピジョンがもどかしげに食い下がる。 「グウェンは俺を認めてくれた、お前の引き立て役に甘んじるっきゃない日陰者の片割れを見付けてくれたんだ!なのに無神経な言葉で傷付けた、あの子を泣かせた!最後にちゃんとお別れを言いたい、好きな人と一緒に天国に行けるように祈りたい!」 「お前と俺の天国はここだろ!」 スワローがテーブル上の灰皿やコップを薙ぎ払い、凄む。 「死んだヤツの尊厳なんざ知るか、生きてるヤツの命を捨ててまで守る程のもんかよ」 床に落ちたコップが割れ砕け、水が飛び散る。 「ホントは寝たのか」 「なんだって?」 「そのグウェンとかって金持ち娘とヤッたのかって聞いてんだ。だから情が湧いたのか」 「……スワロー」 絶句するピジョンに対し、露悪的な笑顔で続ける。 「忘れらんねえくらい締まりよかった?男にしてもらえてよかったじゃん」 刹那。 ピジョンの眼光が赤く爆ぜ、全力で振り抜いた拳がスワローの頬に炸裂した。 「グウェンを侮辱するな」 スワローを見下す目には底冷えする侮蔑の色。無言のままスワローの前を素通りし、開け放たれたドアへ近付いていく。スナイパーライフルを背負った青年を逆光が包む。 「~~~~~ッ!」 行かせてたまるか。 即座に跳ね起きるや、片を掴んで振り向かせざま拳を叩き込む。次いで床に倒れたピジョンに跨り、交互にパンチを浴びせる。 「やめろ、どけ!」 「テメェ一人でアンデッドエンドに帰すかよ、死んだ女を弔って何になる!?」 「なんにもならなくてもしたいからするんだ、グウェンとは友達になれたかもしれない、もっといっぱい話したかった、次はもっと」 「惚れた女の葬式に出てえから賞金首ホカすとか賞金稼ぎ失格だな、そんな甘えただからテメエはツバメの糞で半人前のヘタレなんだ!」 上になり下になり転げ回る、殴られたら殴り返す。 鼻血にまみれたピジョンをしたたか張り飛ばし、新聞を拾って突き付ける。そこにはブラックウイドウの恐るべき犯行の全容と、犠牲者の氏名が報じられていた。 「俺たちの獲物はコイツだ」 スワローが荒っぽく紙面を叩く。 「なあピジョン言ったよな、神様の前じゃ主の御心に照らしてみんな平等だって。なのに優劣付けんのか、上か下か決めんのか?賞金稼ぎの仕事は賞金首を狩る事、犠牲者にお花を手向けるのは偽善者の仕事、はき違えんじゃねーぞ。今はブラックウイドウ仕留める事だけ考えな、手遅れんなった女の分も一人でも多く可哀想な娼婦を助けんだよ」 「リーリー・スージー、キース・ユング、オーフェン・ケルビム、アンナ・コールドバーグ」 床に仰向けたピジョンが、突如として単語の羅列を紡ぐ。 「シシー・ヤン、ニル・ジョイ、レビナ・ホリデイ……まだ続けるか」 それはピジョンが暗記した、身元不明者を除くブラックウイドウの犠牲者の名前。 震える右手が胸元に伸び、十字架を掴む。 「覚えてるよ。忘れるわけない。俺は……」 お前とは違うんだ。 ロザリオをキツくキツく締め上げ、自分の信念を裏切った絶望に掠れた声で、虚ろに乾いた目で吐き出す。 「赤の他人と比べて、友達をとっちゃだめなのか。お前だってそうするじゃないか」 『ニセモノじゃないでしょ』 「踊ってくれたんだよ。俺と」 不自由極まりない良心に縛られた兄がやりきれず、死者への嫉妬に駆り立てられ、スワローが叫ぶ。 「俺と女、どっちが大事だ」 「俺と母さんが別々の場所で死にかけてたらどっちを助ける?」 ずるく、残酷な質問。 「……言わせんのかよ」 震える手を握り込む。 「兄貴は……どっちを選ぶ」 けだるげに目を瞑り、右手を額におくピジョン。 「お前は大人だから、一人で大丈夫だろ」 『お前と母さんなら、ほっとけないのはお前だ』 数年前はそういったのに。 再び振り抜かれた腕を止めたのは、物音を聞き付けすっとんできた劉だった。 「殺す気か!?」 「引っ込め童貞!」 「それ以上やったら死んじまうっての、何があったか知らねーけど落ち着けよ!」 劉がスワローを羽交い絞めで引き剥がし、どうにか起き上がったピジョンが鼻血を拭い、スナイパーライフルを背負い直す。 「アンデッドエンドに帰ったら兄弟の縁切るからな、金輪際どうなろうが知った事か!」 「頭が冷えたよ。お前の言うとおり今帰ってもやれることはない、賞金稼ぎとして責任果たさなきゃな」 身嗜みを整え交渉。 「悪い劉、しばらく泊めてくれ」 「は?」 「無理っぽいなら他をさがす」 「俺はかまわねーけど哥哥がなんていうか……って、帰ってきてねえか」 「恩に着る」 ピジョンが短く礼を述べ、断固たる足取りで去っていく。部屋に置き去りにされたスワローは開いた口が塞がらない。 「待てよ」 「幸い式典まで時間がある。一週間以内にブラックウイドウを捕まえてアンデッドエンドに帰りゃ文句ないだろ」 「部屋替えは許可しちゃねーぞ」 外に出る直前に立ち止まり、俯き加減にロザリオを握り締める。 「お前の顔を見たくない」 これが今のピジョンにできる、最大限の譲歩だ。 スワローはグウェンを侮辱した。のみならず、彼女を偲ぶピジョンの気持ちを踏み躙った。いくら傍若無人な振る舞いに慣らされてるといえど、到底許せるものじゃない。 かくしてバーズは決裂した。 「くそったれが!!」 ピジョンと劉が隣室に消えた後、スワローがドアを蹴飛ばしたのはいうまでもない。
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