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水を含んだ風が金面越しに触れる。
また雨は降るだろうか。阿南が考えた瞬間、竹刀が強かに彼の面を叩いた。
小気味よい音に少年はゆっくりと瞬きをする。
審判をしていた顧問の男性教師がさっと白旗をあげる。阿南は赤い襷を胴紐に掛けていた。すでに一本ずつを取り合っていたので勝負は決まった。ふたりは開始線まで戻り礼をして下がる。
ざわりと空気が動く。高校生として県内屈指の実力を持つ阿南が二枚も三枚も格下の後輩に負けたことで目に見えて動揺が広がる。
彼が実力差のある部員に敗れるのはこれが初めてではなかった。夏の兆しを感じ始めた頃から彼の調子は明からさまに悪くなった。
同輩の部員は疎か、時には後輩にも土がつく。しかし彼自身のようすは特段変わることがなかった。少なくとも周りにはそう見えた。どう接すればいいのか誰にもわからなくなっていた。
外した防具を抱えた阿南は正座する部員の列に戻ろうと踵を返す。なにも聞こえないようにすっかりと喧騒を無視している。その端正な横顔は無表情だった。
遠巻きに周囲が注視するなか、裸足の足を止めるように大きな手が彼の腕を掴む。
「痛いよ」
拒むでもなく応えた阿南に級友が力を弱める。けれど彼は指を離そうとはしなかった。
「八島」
二度目は咎める響きを多分に含んでいた。それは規律を乱すことへの注意のようでもあり、自分の領域を侵すことへの警告のようでもあった。いずれにしても小さな発声は八島を止めることは出来なかった。
阿南よりも一回り太い腕がじとりと発熱して手首を捕まえている。細い、親友の眸が詰問するように鋭く自分を見つめる。
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