夏雨

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それは自分の性癖に戸惑っている未熟な少年を怯えさせるには充分な、仄暗い熱量を持った目つきだった。 親友を怖い、と思う。彼はひとりの男になってしまった。それを少年は受け容れられない。 暁人は阿南から視線を逸らした。雨の色を探るみたいに居間の端から外を眺める。 少年はひとり古ぼけた革張りのソファーでじくじくと熟む手元を見下ろしていた。 戸口で池内がゆっくりと動く。 「十八年かかった」 教師が言うのに阿南は顔をあげる。 教訓じみた口調ではなかった。ともすると独白に近い。 「十五でこいつと家族になって、いろいろあって俺は剣道を続けられなくなった。それでも向こうでカウンセラーになったこいつを、俺が教師になってこっちに来るから辞めさせて連れてきた」 それまでに十八年かかった。覚悟を決めてふたりになって、それだってまだ苦しい。 「長い時間が、たぶんかかる」 残念だけど、と池内は一歩踏み出した。物問うような教え子の前に膝をついて、つらいよと真実を伝える。俺たちみたいにいようとすると、きっとしんどい。 「それでも一緒に居たいと、思えるようになるといいな」 ゆっくりと伝えられた言葉を阿南が反芻する。白い目蓋が瞬いて開く。最後の涙が溢れて握った拳に落ちた。
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