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強い彼の視線に阿南は涼しげな二重の目蓋を伏せる。息が苦しくなって溺れる人のように小さく喘ぐ。まだ日に馴染まない白い喉仏が空気を飲んで動いた。
ふたりの温度が微かに変わる。
色のない肌へゆっくりと目を遣る八島を遮るように、大人の男の声が割って入った。
「副部長」
「はい」
八島が答える。
「練習終わり。号令かけて」
チタンフレームの眼鏡をかけた顧問が八島の脇にそっと立ち、顎で部員の方を指す。視線はふたりの手にない。けれど八島を咎める気配はうっすらとあった。
瞬間、八島の横顔に苛立ちが走る。しかし会釈した副部長は広い背中を憤怒で更に大きくしながら離れていった。
「池内先生」
「部長は明日、家に来なさい」
夏合宿の打ち合わせだよ、と素知らぬ顔で言った教師は生徒の監督に戻っていった。
半袖の青いピンストライプのシャツが濃紺の道着に混じる。細い縦のラインが気まぐれな夏雨のようで、阿南はまた水の匂いを嗅いだ。
防具を棚に片付けようとひとり倉庫へ向かう。
竹刀を持つ手が震えているな、と今更になって気づく。それは八島が掴んでいた左手で、少し赤くなっていた。
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