夏雨

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池内先生が手描きの地図は汚かった。しかも所々が省略してある。それでも根っからの地元民である阿南にはおおよその見当がついた。 町を南東に抜けて山の方へ。歩いて行ける距離ではなかったので自転車を持ち出した。次第に建造物が減って田畑が広がる。緩やかな坂を上りながら七月の緑の眩しさに目を眇める。 少年はこの町を出たことがない。けれど本州から来た人は揃って日差しの強さが違うと言う。南方特有の白さが太陽にあるという。 すっかり実収穫された紅甘夏の樹が葉を茂らせている。風で木陰の揺れる下を抜けながら阿南は目を凝らした。もう目的の集落のなかに入りこんでいる。 家々が点在するなか老人が畑仕事をしている。すくすくと伸びる蔓を世話している年配の女性を呼び止めると、癖の強い方言でしかし丁寧に高校教師の宅を教えてくれた。 それから更に五分ばかし登坂し、一軒の古ぼけた戸建てに行き当たる。この家が取り立てて目立つ訳ではない。築五十年くらいがこの辺りのスタンダードのようだった。 「先生。池内先生」 硝子の引き戸をほとほとと叩く。表の日の賑やかさとは裏腹に家屋のなかはしんと暗い。人の気がしない。しかし時間を指定したのは先生なので在宅に違いない。暫くして擦り硝子の向こうに人影が立った。 はいはい、と気軽に応えるのはまだ若い、教師と同じくらいの男の声だった。しかし想定していた低さではない。戸惑うままに引き戸が開く。 顔を覗かせたのは茶色い髪を乱した、三十くらいの男だった。のんびりと笑っているけれどこの辺りには他にいないような男前だったので更に驚く。 「あの」 「ああ、芳美(よしみ)の教え子。聞いてるよ」 と男は言い置いてから半身で振り返って家のなかに叫ぶ。
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