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阿南は俯いて紐を整える。頷けず表に出る。風が強くなっていた。蘇鉄の葉がさざめく。
スカイブルーの自転車に飛び乗って坂を下る。
竹刀に初めて触れたのは小学一年生のときだった。副部長の八島も同じくらいに始めて、それからずっとふたりでやってきた。
柄を握るのが楽しくて仕方がなかった。互いを高め合って、どちらかが試合で負ければ慰めの代わりにただ傍で寄り添っていた。練習が辛いのすら楽しかった。
剣道をしていて苦しいと思ったのは初めてだった。
面金から覗く世界が狭い。視界が利かない。竹刀を掴む自分の手元すら手探りで見つける感覚。
池内は知っているのだろうか。この気持ちを。この痛みを。
立ち止まって空を見上げる。
雲行きがあやしくなっていた。携帯電話のアプリケーションで天気情報を確認しようとしてスマートフォンがないことに気づく。
さっきまでスケジュール確認に使っていたので池内の家に忘れて来たらしい。億劫だけれど取りに戻るかと再び坂を登る。
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