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「腕、触るよ」
暁人が断って阿南を立たせる。怪我を検分して問題がないと判断すると居間に連れ帰った。
「手のひらちょっと擦りむいちゃったね」
そう言って救急箱を持ってくる。池内は少し離れた所で腕を組んで立っていた。
消毒液を染ませた綿球で手のひらを拭われる。軒先から吹く青っぽい雨の匂いに薬品の匂いが混じる。赤くなった傷に手当ては少し沁みた。
ぽつりと暁人の手元に滴が落ちて、雨漏りだろうかと彼は上を見上げる。古い家はよく水が漏った。
しかし違うと気づいて目を細める。
少年は声を殺して泣いていた。滑らかな頬を伝って涙がしたたる。
「もう終わったから大丈夫だよ」
子どもを扱うような言葉の割に、暁人の発生は静かだった。道具を仕舞って少年の手を離す。
ひとりになった手のひらを拳にして少年は泣き続けた。
弟は兄を見た。兄は弟に顎をしゃくって「任せる」と次の間に消えた。
「あんたが先生でしょうが」
ぼやいて暁人は阿南の隣、人ひとりぶんの隙間を空けてソファーに腰掛ける。雨音を聞くように暫くふたりは黙っていた。
「あなたは」
阿南がおもむろに口を開く。
「本当に先生の弟ですか」
「そうだよ」
「どうして一緒にいられるんですか」
少年の質問に、暁人は毛一本分、唇の片側を歪めた。想定していた問いだった。
職業的に訓練された癖で柔らかく、訊かれた者が答えざるを得ない強さを持った問いを返す。
「どうして一緒にいられないと思うの」
「だって兄弟だし」
「そうだね」
「…それに男同士だし」
「うん」
「おかしいし」
「うん」
「誰かが悲しんだりする」
「誰かって」
少年が口を噤んだので暁人は視線を外した。
「友達?」
「違う」
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