雨だれ

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雨だれ

 彼女と過ごした日々は雨が多かった。雨女だ雨男だと責任を擦り付け合っていたが、お互い一人のときは晴天に恵まれていたところを見ると、僕たち二人がそろうことこそがその原因だったのかもしれない。  遊園地、ショッピングモール、海の見えるカフェ。思い出すのは雨の記憶ばかり。彼女はピアノを弾くからクラシックコンサートに誘われたこともあった。でも途中で眠ってしまい、怒った彼女に土砂降りの中、ひたすら謝ったこともあったっけ。  そのせいもあって、いつしか僕は、雨になると彼女の姿を追い求めるように、それらの場所を一人で訪れるようになった。  今日は古いお寺だ。ご朱印集めが趣味だった彼女に付き合い、神社仏閣をよく巡ったものだ。石段を登り、山門をくぐる。彼女と来た頃は桜の季節だったから賑わっていたが、天気の加減もあってか今はひっそりとしている。  境内の一角には池があった。蓮の葉が無数に広がり、その間に蕾がちらほらと見える。ぼんやりとその景色を眺めていたときだ。  気のせいだろうか。傘を打つ雨の音が、なにかのメロディのように思えた。  耳を澄ませ、音に集中する。  これは、確か、ショパンの前奏曲第15番。彼女が、私たちにふさわしい曲よと言って聞かせてくれたメロディ……通称『雨だれ』じゃないか。  思わず傘を投げ出し、空を見上げた。雨粒が顔に降り注ぐ。  そう言えば、最近特に雨が多いような気がしていた。  そうか。君はそこにいたんだね。僕を見守ってくれていたのか?  頬を伝う雨に、涙が混じった。
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