10 ただ一人の女神

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10 ただ一人の女神

 ボートハウスで一夜を明かした私たちは、そのまま別荘を出発して父の領地に寄った。父は私が連れ帰った男を見て目を丸くしたけれど、ナジュドの話を聞いて目を輝かせた。しばらく執務室で二人で話をした後「結婚を許す」と言う。  いや、プロポーズも何もそんな話は一言も言っていない、聞いていない。どうせ何番目かのお妃か側室にでもなれと言うんだろうと思ってチロリとナジュドを横目で睨んだけれど、彼は嬉しそうに私の頭を撫でただけだ。  既成事実があるからもうどうしようもないんだし、もらってくれるだけでもありがたいのか? それとも、ゲームオーバーになるのかしら。  私は一緒に彼の国に渡ったけれど、ゲームオーバーにならなかった。  ナジュドは何とファッハール王国の第三王子だった。お妃とか側室とか出た時点で疑うべきだったのだ。やっぱり私はどこか抜けている。  王族なんてどうしようと思ったけれど、ナジュドには婚約者なんか居なかったし、父君の国王陛下は私を歓迎してくれた。  彼は未婚で、お妃も側室もいなかった。  私はナジュドと結婚してナジュドの宮殿に君臨してしまった。 「嘘つき」  ちょっと睨むと、引き寄せて頬にキスをして囁く。 「こんな嘘なら嬉しいだろう」 「まあ」  私のゲームは終わったのだ。  私たちはファッハール王国で盛大な結婚式を挙げた。  ミシェルとコーデリアは私たちの結婚式に出席してくれた。  そしてもちろん、二人の結婚式に私たちは出席した。  ミシェルの結婚式に行った時、エドウィン王太子殿下に会った。私をしばらくじっと見ていた殿下は、隣に寄り添うナジュドに気が付くと歯噛みをして悔しそうに睨んだ。  殿下は一緒に来たはずの王太子妃となったアルヴィナではなく、ピンクの髪に胸の大きなどこかの伯爵夫人を腕にぶら下げていた。  しばらくして声をかけて来たのは王太子妃アルヴィナだった。 「おめでとうございますって言えばいいのかしら」 「あら、こちらこそお祝いを申し上げますわ」  黒髪を結いあげて相変わらず美しい。気位も高い。顔をツンと反らせて言う。 「あなたじゃなければどなたでもいいのよ」  それはどういう意味なのか、彼女は扇子を広げて口元を隠すと背を向けてスタスタと行ってしまった。アルヴィナの気持ちは私には分からない。 「私は浮気は嫌だわ」  隣の男を見上げる。 「本気もイヤ」 「浮気はしない、本気はお前だけだ」  ナジュドがそう言ってくれるので顔がにこりとなる私はちょろインだ。  騎士団長子息ジェイラス・グラッドストンにはあれから会った事はない。噂で結婚したとか離婚したとか聞いたが。  ミシェルは新婚旅行に私たちの所に遊びに来てくれたし、コーデリアは仕事と称してちょくちょく遊びに来た。  彼の国で魔石の大きな鉱脈が発見された。太古の魔物が残した魔石、それはもう莫大な量だという。私の父も兄もこの国に来てナジュドを手伝っている。  私は相変わらず何も考えずに「魔石って液体になったり、気体になったりしないの」とか「海水を半透膜でろ過して淡水化するのよ。スライムが使えないかしら」とか「運河を作るべきよ」とか頭に浮かんだことをポロポロと突然言い出してナジュドの仕事を増やしている。  そしてヒロインはいつまでも幸せに暮らしましたとさ──。   ***  ナジュドは送られてきた絵姿を見て呟いた。 「どうせ5割増しに修整しているんだろう?」  熱い砂の台地から帰って来たところだ。  ナジュドが自分の宮殿に帰って来たのは2か月ぶりだ。  井戸を掘っていたら魔石が発見された。それもかなり良質の魔石だ。魔力を内包した魔石の外側に幾つもの外殻があって魔力が漏出するのを防いでいる。地に埋もれた魔石は劣化しにくい。  ダンジョンで魔石が出る所以である。  それでも経年劣化は避けられないが、この包み込むような外殻のお陰でほとんど劣化していない。  昔、この辺りには巨大な魔物の巣があったという、もはやおとぎ話レベルの話がある。魔物の巣は何かの地殻変動か、勇者が現れて退治したのか、とにかく今は失われて人の住まう場所と熱砂とになっている。  探せばまだ見つかるだろうか。発見された魔石の周り四方には塵のような魔石が散らばるだけで特定できない。  台地は広い。むやみやたらと掘り返して奇跡を願うより調査して特定した方がいい。だがいまだ弱小貧乏な我が国では賄えない莫大な準備資金がいる。  どこと手を組むか。それが問題だ。  そんな時に誘うようなこの絵姿だ。  気になることがあった。かの王国で元ダンジョン跡から魔石が見つかったという論文が発表されたというのだ。それは無視され瞬く間に他の論文によって埋まってしまったが、この令嬢はその関係者らしい。会ってみる価値はあるだろう。  エサに食いついて当たりであれば、この身を差し出しても良い。幸いナジュドはまだ独り身なのだから。コーデリアが絵姿を送って来たのは、そういう意味なのだろう。  そしてナジュドは出会ったのだ。  自分のただ一人の女神に──。  ナジュドはひと目で恋に落ちた。  プラチナに淡くピンクが乗った髪が緩く流れ落ちている。顔を上げると瞳は得難いアイスブルー。5割増しどころか絵の方が劣化版じゃないか。  生来の赤い唇から紡がれる声は柔らかいメゾソプラノで耳に心地よい。  だが、外見だけではないのだ。  魔石の話だけでも彼女の知性を感じる。そして運命に抗うようなその瞳──。  幸運の女神が沢山のエサを持って自分の前に舞い降りたのだ。そして、彼女の価値が分かるのはナジュドだけなのだ。  コーデリアの鼻も捨てたもんじゃない。こちらの欲しい物を嗅ぎ分ける。 そして儲け話も嗅ぎ付ける。  大規模な調査の結果、魔石の鉱脈が発見された。  太古の魔石が我が大地の地中に眠っている。  ヘディは我が女神だ。失えない奇跡。   終
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