7 魔石はエネルギー源

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7 魔石はエネルギー源

「ヘディ」  ああ、前も見ずに急いで誰かにぶつかってしまった。目を上げると異国の方だ。今日はこちらの服を着ている。  軍服っぽい襟の高い上着に白いシャツにあっさり巻いたクラバット。鈍色の長い髪を細紐で結い、群青の瞳は陽に明るく映え、日焼けした肌のしなやかな身体がすんなりと立つ。 「まあ、ナジュドさん、見違えましたわ」 「そう?」  彼が何か言う前に外野の令嬢方がくすくすと笑う。 「泥棒猫が」 「みっともないわね、こそこそ逃げて」 「そちらの男がお似合いよ」 「異国には奴隷商がいるそうよ」  いくら何でも言っていい事と悪い事があるだろうに。彼女らを睨んで言い返そうとした私をナジュドは身体で遮った。 「ヘディに聞きたい事がアル」 「あら、はい」  背の高い男を見上げる。私は頭に血が上っていたわ。額を押さえた。 「大丈夫デスカ」 「はい、ありがとうナジュドさん、ごめんなさい」  謝りたい気分だった。 「ヘディ、謝らなくて大丈夫」  腕を軽く持って少し歩いてから、周りを少し見て、ナジュドは思いがけない事を聞く。 「それより魔石について何か知っているか?」 「魔石? 何でそんな事を?」 「ヘディが知っていることを聞きたいんだ」  言葉が異国風じゃなくなった。そう思いながらナジュドの顔を見上げる。 「この国で書類を見たと聞いた」  低い囁くような声だ。 「あまり知らないわ、魔物も倒したことはないし。そうね、お父様が領地に魔石の出る鉱山があるって言ったことがあるような」 「それで。もっと知りたい」   こんな話が重要な事だろうか。一大陰謀とはとても思えないが、私の声も自然に低くなった。 「待って、思い出すわ。昔ダンジョンがあった所だって聞いて、うちの領地にもダンジョンがあるんだなって思ったの」  ナジュドの顔を見るが次を促すように頷くだけだ。 「鉱山の坑道に出来たダンジョンで、もう大昔にどちらも枯れたのだけど、鉱山跡はまだ残っているから危険がないか定期的に家の者が調査していたんだけれど、魔石が出たのよ」  魔石は魔物の体内か、ダンジョンから出る。ダンジョンは枯れてしまうと土に還り埋まってしまう。 「ふうん、それで?」 「魔石は大したことはなくて、報告書を国に提出したけどあまりいい扱いをされなかったようだわ」  最近の事だ、お父様が珍しく興奮してお兄様と話していたので、こそっと話を聞いたんだわ。ダンジョンとかの話が出てちょっと興味を引かれたのだ。 「そうか」 「何か役に立ったかしら、ナジュドさん」  男は私の両手を握って振り回した。 「もちろんだ」  魔石は魔物が体内に蓄積しているかダンジョンにある鉱脈から出る。この世界では魔石がエネルギー源だが、採集方法は危険極まりなくて、とても貴重だ。  それが枯れて埋もれてしまったダンジョン跡から出たらどうだろう。  男爵家の小さな領地の小さなダンジョンでは塵のような魔石でも、広い世界の太古のダンジョン跡や魔物がのし歩いていた大地から出る魔石ならどうだろう。もちろん掘り返さなくてはいけないけれど、もう魔物はいないのだし。  私は異世界から来た。この世界では石油や石炭、ガスが魔石だとしたら。   * * * 「ボートの綱が切れていてね」 「馬の機嫌が悪いんだ」 「流れ矢が飛んで来て怪我をする所だった」  次に私の前に現れた異国の男はそんな事を捲くし立てた。初めて会った時の異国訛りは何処に行ったのだろう。だんだん危ない目に遭っているようだけど、そこまで聞けば心配になってしまう。  私の表情にニヤリと不敵に笑ったけれど。 「大丈夫、ただの嫌がらせだ」  ずいぶん酷い嫌がらせだと思うけど。  狩りの休憩のちょっとした時間にナジュドは私を捕まえて囁いたのだ。 「帰りは俺が送って行く」  馬の機嫌は直ったのかしら。ここまで私は馬車で来たのだけれど。 「流れ矢に当たりたくないわ」そう言うと拗ねた顔をする。 「誰の所為だと?」 「え」  今日は狩りの日だ。  別荘の近くに広い森となだらかな草地が広がっていて絶好の狩場になっているという。男たちは狩りが好き。たくさんの犬を追い立てて馬を駆る。狩りの間、参加しない者はテントに設えた席でお茶会をして談笑する。 「あの方、異国のイバーディー様と仰ったかしら」 「奴隷商ではありませんの?」 「おお怖い」 「目星は付けているんでしょ」  公爵令嬢アルヴィナの取り巻きが話し出す。私をチラリと見てころころと笑う。 「奴隷の売買は条約で禁じられましたの。あの方は東国の砂糖や綿花を扱っていらっしゃると伺っておりますわ。そうね、船団もお持ちですわね」  それに対してコーデリアがきっちりと返す。そしてミシェルが続ける。 「今回いらしたのも何か新しいお話でもあるのかしら」  テント内が静まった。皆顔を見合わせて、窺い合っている。  儲け話がそんなに転がっている訳もないし、乗りたい者は沢山いるだろう。  ナジュドは狩りが終わる前に迎えに来て、サッサと私を馬に乗せた。勝手気儘な人かしら。ミシェルとコーデリアを見ると肩を竦めた。  すぐに後ろに跨って馬を走らせる。 「獲物はどうでした?」 「大猟だったな、鹿にイノシシ、ウサギ、あと雉鳥くらいか」 「魔物はいませんの?」 「狩りの前に掃討して魔物除けの結界を張るからな、王子も来ていたし。そういや、エドウィン王太子殿下がヘディに執着していると──」 「ひゃぁ!」  びっくりして身体が揺らいだ。後ろからナジュドが抱き留める。 「すみません、私、あんまり馬に乗ったことがなくて」  馬の所為にした。 「大丈夫だ、こんな事はいつでも歓迎だ」  ナジュドは耳元で低い声で笑う。  誤魔化せたのかしら。違うような気もするけれど聞かないでくれる。 「あいつら、もう追いついて来た、くそう」  後ろを見るとミシェルとコーデリアのお兄様方や、騎士団の方やらが見える。  二人乗りだから仕方ないわね、急がせたら馬が可哀そうだわ。
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