私の雨音

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 ユウ君の学校の文化祭に、私たち聾学校の生徒も招待されていた。  地域の人たちがいっぱい来てたから、違う学校の私が入ってもそんな違和感はなかったけど、でもやっぱり誰かに話しかけられたらどうしようって心臓はバクバク脈打っていた。  そんな時、首筋に風が当たってビクッとした。振り向くと体操服姿のユウ君がチラシで仰いで風を送ってきていた。背が伸びてた。私より高い。ビックリした。 「ビックリするから、急に後ろに立つな!」と手話で伝えた。  ユウ君は笑って、手に持ったチラシを渡してきた。そこには地域の和太鼓クラブの説明が書いてあった。写真を指差してそれから自分の胸を指した。確かにそこにユウ君らしき男の子が写っていた。  ユウ君は指先を横に切って「ずっと」右手の親指と人差し指で輪を作ってクルンと回し「探す」、両手首を下に曲げ「してた」。と言った。  そして人差し指で指された「君を」。  私は右目の前で親指と四指を向かい合わせ「バカ」と言って。ユウ君のお腹を叩いた。こうでもしないと恥ずかしくて自分が保てそうになかった。  ユウ君はハハハと笑ってた。そして「こっち来て」と言われる。私が戸惑っていると、私の手を取って歩き始めた。  ま、待って、心臓がバクバクしてしまうじゃない。どうしよ皆んなにバクバクが聴こえたらどうしよう。私は真っ赤になる顔を下に向けユウ君の足元だけを見て歩いた。  連れてこられたのは音楽室だった。中には誰もいなかった。ちょっと待っててと言われて一人にされる。  音楽室の中には和太鼓がセットされていた。  小さな太鼓、締太鼓が2つ。そしてよく見る和太鼓が5つ。その奥に見たこともない大きな太鼓が一つ。  しばらくするとユウ君は、同級生らしき子を二人連れてきた。メガネの子と、とにかくデカい子。二人とも和太鼓の友達だよと紹介された。そして3人で楽しそうになにかを喋っていた。こういう時、何だかいつも疎外感を感じてしまう。しょうがないんだけど。  ユウ君が不意に締太鼓を勢いよく叩いた。肌に小さいけど鋭い振動が伝わってきた。 「チューニング」「感じる?」と聞いてきた。  私は「うん」と頷いた。  今度は5つの太鼓を叩いていく。強い振動が体に響く、特に心臓にグッときた。私は聞かれるまでもなく「うん」と返事をした。  ユウ君は椅子を一つ持ってきて私を座らすと何か言おうとしてたけど分からなかったのか、指文字と口で「と・く・と・う・せ・き」と伝えてきた。  すぐにユウ君は金色に光るちっちゃいシンバルの様なものを両手で持ち(手拍子(ちゃっぱ)というらしい)、それを擦り合わせたかと思うと、優しく叩き始めた。  音は聞こえないけど、始まったのが分かる。やがてユウ君は両手を広げ雨が降る様に両手を動かした。昔の様に。あの時と違うのは踊りの出来が格段に進歩してた事、そしてメガネをかけた子が締太鼓を小気味よく叩きその振動が肌を伝わってきた事。  小雨だ、メガネの人は小雨の人だ。そんな変な納得をして、その光景を見ていた。やがてユウ君は目を閉じてと合図してきた。目を閉じると共に、小雨の音が激しく速く肌にぶつかってきた。そこに和太鼓の強い音が入り乱れてぶつかってくる。本降りだ。入り乱れていた雨の音が心地よい一定のリズムになった。体が自然と揺れる。そして一際圧の強い重い振動が体を揺らした。ビックリして目を開けると、体のでかい彼が棍棒の様なものを振り回して、大きな太鼓に振り下ろしていた。ああ、この人は雷の人だ。それからは再び目を瞑り体に感覚の全てを預けた。  雨音が聞こえた気がした。かなり激しい雨音だったけど。  最後の雨音が肌にぶつかり、また静かになった。目を開けるとユウ君が目の前に立っていた。  少し間があってから、両手の平を上にしてまわし、右手でお願いと付け加えられた。「付き合ってほしい」と言っていた。  どうしよう……  私の中に嬉しい気持ちが1湧きたった。ドキドキ弾む気持ちが更に1プラスされる。  だけど、すぐに無理だよという気持ちが1やってきた。私の事そんなに知らないのにそんな簡単にいうなっていうムカムカまで1やってきた。私は臆病でちっぽけで何者でもなくて…… そんな不安が1も2も3もやって来て、その後ろから怖いという気持ちが10も、100も次から次へやって来た。  だから私は走って逃げた。人にぶつかりながら必死に逃げた。  私は聾者でそこには柵があって、柵なんて作りたくないけど、みんなそこに柵なんてないなんて言うけど、でも歴然とそこには柵があって、私とユウ君はその反対にいた。  この見えない柵を恨めしく思うけど、でも柵に守られている所もあって、この中では私は普通で自由で恐れなく生活できて、だからそこから飛び出す勇気がなかった。私には自信がなかった。ユウ君の足を引っ張らない自信がない。  私は臆病だ。  そして私の気持ちも知らないで、気安く「付き合って」なんて言われたことにムカムカしていた。本当はユウ君は何も悪くないのに。私のためにこんな事までしてくれたのに。  それなのに、こんな風にムカムカしてしまう自分が嫌だった。最低だ。  学校の外に出ると雨が降ってきた。  だけど、もう雨音は聞こえなかった。  ユウ君との間に気まずさだけが残ってしまった。
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