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ユウ君に渡されたチケットを持って私は市民会館の小さなホールに来ていた。席は最前列の一番端だった。席に座って入り口でもらったパンフレットに目を通した。今日の演目が書いてある。
私は6曲目の演目に釘付けになった。「雨音」作曲:春森優彰。そこには曲の紹介がこう書かれていた。
「僕はある女の子が描いた紫陽花の花の絵を見て、この雨音という曲を作りました。その絵は上手な大人達の絵に混じり、それでも一際輝いて見えました。とても静かな絵でした。だけど静かな雨音が聴こえました。僕は彼女が雨に打たれ、雨音を掴もうとしてまでしてその絵を描いた事を知っています。だから皆さんと受け取りかたは違ったのかもしれないけど、雷に打たれた様に衝撃を受けました。だから、この曲を作りました」
会場の明かりが消えて暗くなる。
やがてパッとステージが明るくなり演目が始まった。何か掛け声をみんなで言っている様だけど、私には分からなかった。それよりもさっきの文章に心がバクバクしていた。「雨音」作曲:春森優彰? 紫陽花の絵を見てって? 頭が混乱する。
その時、私の体に、小気味良い振動が叩きつけられた。トン、ト、トント、と早いテンポの波が肌に寄せては返していく。1曲目はエイサーをもとに作られた勢いのある激しい曲だった。雑念がスッと流れていく。音を体で受けながら体が気持ち良く揺れた。2曲目は中央の大きな太鼓を順繰りで叩いていく楽しそうな太鼓。3曲目は座って太鼓を抱え込む様に打ち鳴らす荒々しい大波の太鼓。4曲目は並んだ太鼓をみんなで移動しながら叩いていく若鮎が跳ねる様な元気な太鼓。5曲目は篠笛がメインだったので私はちょっと休憩。
そして6曲目、ハッピ姿のユウ君が私の前で手話を始めた。
私を指差して、そして自分を指差した。
人差し指を立てて合わせ「一緒に」そして手前から遠くを指差して「行こう」
また人差し指を立てて合わせ「一緒に」「聴こう」
「一緒に」「描こう」
「一緒に」「遊ぼう」
「一緒に」「食べよう」
「一緒に」「歩こう」
「一緒に」「柵を」「超えよう」
「一緒に」「一緒に」「一緒に」
ユウ君は何度も人差し指を合わせて一緒に一緒にと言った。
そして頭の上で手を握った。
「手話を」「もっと」「覚える」
だから
「一緒に」「話そう」
私は大きく頷いた。
ユウ君は手拍子をもって中央に駆けると踊り始めた。小雨が聴こえてきた。小雨の人が小雨の神様になっていた。そして激しく降り注ぐ雨の音。ユウ君を中心にみんなの音が重なりあって激しい雨を降らす、そして雷神様のお出ましだ。みんな格段に上手になっていた。
一打一打を私は体で受け止める。
ああ、聴こえるよ雨の音が。体に響き伝わり染み込んでくる。一緒に分かるよ。
こんな風に感じる事なんて一生ないと思ってたけど、だって、そこには柵があってその向こうになんて怖くて行けないと思ってたけど、なんだこの柵全然囲われてないじゃん。ユウ君のおかしな鳥が柵の上でにっこり笑い、ニヒルな猫が切れた柵の横から顔を出した。笑っちゃうよ、そんなとこに顔出したら。笑って泣いちゃうよ。こんなちっぽけで囲われてない柵に怯えてたなんて。
私の雨音は私の中から嫌なものを全て洗い流してくれた。
最後の演目は「三宅太鼓」という演目で、卒業生一人ひとりが力強く中央の一つの太鼓を撃ち抜いて行った。格好よかった。
全ての演目が終わった後に、この興奮を伝えたかったけど、なんて言えばいいか分からなくて戸惑っていたらユウ君がやってきた。
「おはよう」って朝でもないのに挨拶してみた。ちゃんと「おはよう」って返ってきた。
「ごめん」って謝ってみた。ユウ君も「ごめん」って謝った。
「ありがとう」って何度も何度も言って手を胸の前に持ってお辞儀をした。ユウ君も深く一礼した。
「バイバイ」って手を振ってみた。ユウ君は「嫌だ」と胸の前で手をクロスさせた。
「ありがとう」
私は思い切って人差し指を立てて合わせみた「一緒に」
そして「見てほしい」と伝えた。
「私の雨音を描く。だから、一緒に見てほしい」と。
ユウ君は何度も人差し指を立てて合わせ「一緒に」「一緒に」と繰り返した。
「今なら描けそうな気がする。ううん。描きたい。私の『雨音』」
そして見てほしい。
「今度は私が作るから、ユウ君の特等席」
音のない会話を二人で交わして、この日は別れた。
急いで部屋に戻った私は、静かに椅子に座って鉛筆を取った。
スケッチブックに鉛筆を走らせ構図を書いていく。
記憶に残る私の『雨音』。
それは少し激しい時もあるけれど、体に響き伝わり染み込む音。
そう、これが私の雨音。
Fin
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