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ひとちゃんなんて大きらい
とこちゃんはとっても怒っていました。
だって、ひとちゃんが冷蔵庫に入れていた大切なクマさんのチョコレートを食べてしまったからです。
それはお買い物について行っても、いつもは虫歯になるからと買ってもらえない大きめのクマさんチョコレートなのです。
とこちゃんが漢字のテストで100点を取ったからごほうびに買ってもらったチョコレートだったのです。
やっと買ってもらえたのに。
とこちゃんはぷんぷんです。怒ったとこちゃんにお母さんはまた買ってくれると約束してくれました。だけど、今日のチョコレートはもうないのです。だから、もうひとちゃんなんて大きらい。
つんとして勉強机に向かいます。そして、とこちゃんのおなかの中はなんだかツンツンしたものでいっぱいです。
今日の宿題は漢字ドリルです。
『母』いう字はお母さん。
『父』いう字はお父さん。
『姉』という字はわたし。
全部十回ずつかいて、熟語を作ります。
漢字を二つくっつけると、読み方が変わるから、買ってもらった大きな辞書を広げて、とこちゃんは言葉を探しました。先生も分からなかったら辞書を開くようにと言っていたのです。
熟語は二つずつ。
分母、母親、父母、それから、父親。
姉妹。
あ、ひとちゃんの漢字が出てきた。
『妹』の字。妹の字なんて使ってあげないもんね。
とこちゃんは、そう心の中で呟きながら、ちがう熟語を探します。だけど、そっと玄関を見つめてしまいます。
とこちゃんに大っきらいと言われ、大泣きしたひとちゃんは、今お母さんと一緒にお出かけをしています。
本当はちょっと悪いことしたなぁと思っているのですが、やっぱり、チョコレートを食べられたことを思い出して、おなかの中がツンツンしてきました。とこちゃんの頭の中はまたチョコレートを食べたひとちゃんでいっぱいになりました。
ひとちゃんなんて、やっぱり大っきらい。
気を取り直して、また宿題のつづきです。
『姉』の熟語はなんだかよく分かりませんが『姉川』がありました。
きっとお姉ちゃんの川なのでしょう。じゃあ、どこかに『妹川』もあるのかもしれません。
きっと『姉川』は大きくて『妹川』はその横にいつもちょろちょろ流れている小さな川なのでしょう。
とこちゃんはノートの端っこに川を二つ並べて描きました。
一本は少しはばの広い川。そして、その横にすーっとちっちゃく並べて一本線の川。
だって、ひとちゃんはいつもとこちゃんのそばでちょこちょこしています。
ダンゴムシをさがす時だって、おさんぽの時だって、お空を見ている時だって、ひとちゃんはとこちゃんのそばでほんわりわらって「ねぇちゃ」と呼ぶのです。
あ、そうだ。さいきんはちょっと「ねぇちゃん」に聞こえています。
もうすぐ「お姉ちゃん」と呼ぶようになるのかな?
じゃあ、ちょっとだけ『妹川』も大きくしてあげようかな。
とこちゃんはちょっとだけ、妹川をエンピツでなぞり太くすると、にっこりします。わたし『お姉ちゃん』になるんだ、そう思うとなんだかひとちゃんが生まれた時のことをちょっとだけ思い出しました。
ほんとうは思い出したというよりも、お母さんに教えてもらった記憶なのですが、とこちゃんはその記憶がちゃんととこちゃんのものだと知っています。
そういえば、ひとちゃんはダンゴムシもそっとつまめるようになっています。それはとこちゃんが「そっとやさしく手にのせてあげるんだよ」と教えてあげたからです。
ごはんを食べる時もとこちゃんと一緒に「ふーふー」して食べます。これもとこちゃんが教えてあげたことです。
ひとちゃんはいつも「うん」と元気にお返事してくれます。
とこちゃんはね、ひとちゃんが生まれてくることをとっても楽しみにしていたのよ。
今日はお姉ちゃんいっぱいしてくれてありがとうね。
お母さんはひとちゃんがねむった後、とこちゃんが夜ねる時になるととこちゃんをほめてくれます。
とこちゃんはお母さんの匂いをいっぱい吸って、お布団をかぶります。
ちょこっと顔を出してお布団からのぞくといつもひとちゃんが赤ちゃんみたいに眠っています。
ひとちゃんはまだ小さいのです。だって、とこちゃんの『妹』だから。妹だからとこちゃんよりもずっと小さいのです。
とこちゃんはつとと立ち上がり、押し入れの段ボールの箱を出しました。段ボールの箱の中には、とこちゃんとひとちゃんの宝物がたくさん詰まっています。これもとこちゃんが作った宝物入れです。ひとちゃんの描いたぐるぐる絵やとこちゃんとひとちゃんがいっぱいあそんだメルぽぽちゃんも箱に詰めました。どんぐりに石ころ、ビー玉にきれいな紙、かわいいポチ袋。折り紙にビーズのブレスレットにネックレス。ブレスレットはおそろいです。とこちゃんがひとちゃんに作ってあげたおそろいのブレスレット。
玄関の向こうからひとちゃんの声が聞こえてきました。
とこちゃんはあわてて段ボールの箱を押し入れに片付けました。そして、椅子に座ります。だけど、いつのまにかお腹のツンツンはいなくなっていました。とこちゃんは最後の熟語を書き足しました。
『姉妹』
宿題は終わりです。
「ただいまぁ」
お母さんの声とひとちゃんの声がします。とこちゃんはさっき段ボールの箱から取り出したおそろいのブレスレットを二つ手に隠したまま机に向かって黙っています。
つんつん、つんつん。
背中を向けたまま机に向かっていたとこちゃんにひとちゃんがつんつんしました。
「おねえちゃん、ごめんね」
振り向いたとこちゃんの目に、ひとちゃんが「はい」とクマさんのチョコレートを渡す姿が見えました。
「ひとちゃん、お姉ちゃんって言った」
ひとちゃんは「うん」とこたえて「あーそぼ」と言いました。
とこちゃんも「うん」と答えた後、「ひとちゃん、さっきはごめんね」と宝箱から取り出したおそろいのブレスレットを渡しました。
ブレスレットをつけて、二人ともほんわり笑って仲直りです。
だけど、明日、とこちゃんのノートの端っこに描かれた謎の大小ミミズの落書きに首を傾げながら丸をつける先生がいるのかもしれませんね。
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