夜会嫌いの魔王様

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 重厚な音楽が流れる中、生徒たちが楽しげに踊っている。くるくると回るその様子は、遠目からみれば、オルゴール人形のようで愛らしい。そう、遠目から見れば。 「もう帰りたい………」  涙目で呟いている背中を、優しい手が撫ぜていく。夜会が始まってから早三十分。とうに心は折れかけていた。 「しつこいよねぇ。俺はみつるのファグなのに~」 「その通りだよ……お前もうあれだ、胸元にでっかい名札でもしとけ。真っ黄色でチューリップの形のやつ」 「え~ダサいからやだ」 「殺すぞ」  思わず低い声が漏れて、慌てて頭を振った。こんな誰が聞いてるとも分からない場所で、下手な発言をしてはいけない。  慌てて辺りを見渡すも、聞き耳を立てていそうな人影は見当たらなかった。……その代わり、諸悪の根源をようやく目にすることになる。  ふと顔を上げた琉架が、遠くを見て、誰にともなく微笑んだのだ。途端に小さな歓声が上がり、新たな人影がこちらへと向かってくる。 「お、お、お、お前のせいかー!!!」  抑えに抑えてこの音量。楽団の演奏にかき消されてはしまったものの、声を届けるには十分だ。 「何で微笑むんだよぉ。そりゃあ気があると思って、挨拶しに来るだろうが……!!」 「だってみつるが言ったんじゃん。お行儀よく、笑顔で──でしょ?」 「それとは意味が違うんだって……」  げんなりしながら言葉を返せば、琉架は不思議そうに小首を傾げた。  海外暮らしが長いと、こうも言葉の意図が伝わらないのか。襟首のあたりを掴んで、お綺麗なその顔を、ぐいっとこちらに近づける。  少々乱暴ではあるが、化粧もセットも崩さない方法はこれしかなかった。 「……いいか、琉架。俺以外を見るな」  夕焼けのような瞳が開く。多分驚いているんだろうが、そんなことはどうだっていい。話しかけてくる人間を極力減らすことが、今の最重要事項なのだ。  大体、どうせ微笑まなくても、ああいう奴らは目が合うだけで近づいてくる。天勝という男を長年相手にしていたからこそ、嫌になるほど知っていた。  最適解は目を合わせないこと。簡単に言えば、猿と同じだ。 「マジで、目を、合わせるな。わかったか?」  一言一句、殊更ゆっくり言い聞かせれば、琉架はこくこくと頷いた。よし、これで暫くは落ち着くだろう。  俺たちが喧嘩しているとでも思ったのか、此方に向かっていたはずの人影も、そそくさと元の場所に収まっていた。  ようやく万事解決かと思った瞬間、まるで風でも吹いたかのようにシャンデリアの灯りが消える。薄暗い室内で、ステージに立つ男が一人。スポットライトが当たると共に、マイクに声が吹き込まれた。 「──紳士淑女の皆さま、大変お待たせ致しました。これより生徒会の定例発表を行わせていただきます!」  ワッと周りから歓声が上がる。 「まず最初に生徒会長からのご挨拶を。その後は決算報告、寄付金の表彰、要望書への解答を行います。………そして!」  ぱちん、男が指を鳴らせば、途端に華やかな音楽が聞こえだす。続く言葉など、この場にいる誰もが知っていた。高まっていく熱と歓声は、傍目から見ても異常である。 「皆さまお待ちかね! 次期生徒会長の!! 発表です!!」  勿体ぶった声が分かりきった答えを吐く。それでも観客は熱狂し、心のままに叫んでいた。……ああクソ、マジでうるさい。  耳を塞いでも聞こえてくるその声は、疲れ切った体に響く。  そもそも、発表なんてされなくても、対象者なんて一人しかいないだろうが。  夜会前から校内放送で呼び出され、現生徒会長のお気に入りで、今この場にいない男。まったく匂わせにも程がある。何事も程々が大切であることを、一から学び直した方がいい。 「……琉架、お腹減った」 「はいはい。適当に持ってくるねぇ」 「多分大丈夫だとは思うけど、明るくなる前に戻って来いよ。お前一人だと囲まれるだろ」 「仰せのままにぃ~」  離れていく背中を見送って、背もたれに全体重を預ける。朝から着せ替え人形にされ、慣れないヒールで歩き回り、数えきれないほどの人間と言葉を交わしたのだ。もう一歩だろうと動きたくはない。
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