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ゴソゴソと寝袋から身を出した豊富さんは、そのまま椅子に腰をかけると、煙草に火をつけた。
確か先週、「俺は今度こそ禁煙するんだ!」と宣言をしていたはずなのだけれど……。
「仕方ねーだろ。家に入れてもらえないんだから」
豊富さんの口から吐き出される真っ白なモヤから逃げる形で、俺は背を向け、アルコール検知器へと息を吹きかけた。
……酒は嗜む程度に呑むが、煙草は昔から苦手だ。
幼少期によく見ていた、煙草をふかしながらベランダに立っている父の姿を思い出してしまうからーーー
「女ってさ、なんで遥か昔のことを持ち出して、ずーっと責め立ててくるんだろうな」
「さぁ?まぁ、男と女の脳の作りは違う、なんてよく言いますからね」
「煙草の一本でもやめたら、奥さんも少しは許してくれるんじゃないっすか?」という言葉は飲み込み、俺は愛想笑いを交えながら事務所を出た。
‟結婚前はお人形さんのように可愛かった”と語られる豊富さんの奥さんは、何でも8年前の妊娠を機に、すっかりと人が変わってしまったのだという。
「子供ができると女は変わるだなんて言うけれど、あれは本当な。お前らも気をつけろよ」だなんて、休憩時間に若いドライバーたちに向け、豊富さんはよく語っている。
だが、事務員の女の子たち曰く、根本的な原因はそこではないらしい。
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