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「真那! 真那!」
目を開けると、見たことないほど必死な表情の祖父が私を覗き込んでいた。
「……おじいちゃん?」
何故か私は、巫女装束を包んだ風呂敷袋を抱えて倒れていた。
「三日間も、どこに行ってたんだ!」
どういうことだろう? 里にいた時間は、たった数時間のはずなのに。
しばらくすると、遠くから母と父が走って来た。母は私の体をあちこち触りながら尋ねる。
「真那、大丈夫? 怪我はない?」
「何で、ここに? お姉ちゃんはいいの?」
「それどころじゃないに決まってるでしょう! どれだけ心配したか……」
怒っているうちに涙声になった母は、私を抱きしめて泣き始めた。
警察からも事情聴取を受けたが、里長との約束もあり、私は「何も覚えてない」で突き通した。田舎特有の迷信深さもあってか、私の失踪は「神隠し」と噂になったそうだ。
遅れて駆けつけた姉の澪も、怪我一つなくケロリとしている私を見て安堵で泣いて──怒った。
どうやら私は私が思っている以上に、愛されていたようだ。
『そりゃあ、そうだろう。家族なんだから』
しばらく安静ということで、祖父母の家で大人しくしていると庭に狐姿の蘇芳と黒鉄が現れた。摘んできた花を見舞いの品として、持参して。
「でも何で三日間も経ってたの?」
『覚えてないのか? 神楽で気を使いすぎて、死にかけたんだ』
「え」
『すぐ帰せる状態じゃなくて……里で看病してたら三日経っちゃったの』
『気は生命力でもあるからな』
「そうだったんだ。助けてくれてありがとうね」
『こっちこそ、無理させて悪かった。でも真那のおかげで、婚礼は成功した……本当にありがとう』
黒鉄は頭を下げる。
『兄さんは本当に立派な狐で、次期里長とも言われているんだ。だから盛大に祝いたくて』
「そんなに優秀な兄を持っていると劣等感とか抱かない? 私のお姉ちゃんもすごく優秀で」
私は誰にも言えずにいた澪への想いを吐き出す。それに対して黒鉄はこう答えた。
『抱かないさ。だって、兄さんと俺は違う狐なんだから』
「……どういうこと?」
『俺は兄さんの白い毛並みに憧れるけど、生まれつきの個性で比べたって仕方ないだろ。真那はどうして、姉の後をばかり追いかける? 真那には真那の長所があるのに』
「私の長所?」
『巫女の力もだし……人のために死にかけるほど頑張るっていう優しさを持ってるじゃないか』
「……そっか。私と姉さんは違う人間」
確かに私は澪には出来て、自分が出来ないことばかりを比較していた。自分と向き合おうともせずに。
『今だと、この黒い毛並みは俺の自慢さ。真那も胸を張れよ』
「うん……ありがとう」
なら、私にできることは──。
「私は夏休みが終わったら帰っちゃうけど、また戻って来るね……『真鯉神社』を継ごうと思うんだ」
巫女の力を生かして、神社を守っていこう。これが私にできる人生の目標だ。
「だから、蘇芳も黒鉄も結婚する時は呼んでね。雨降らしてあげるから!」
誰かに見つかる前に、再会の約束をして二匹は帰っていった。私は部屋に摘んできてくれた花を生けつつ思う。
あとで祖父や両親に「心配をかけてごめんなさい」って、ちゃんと謝ろう。
そして今まで言えずにいたことを、今度こそ澪に言うのだ。
──「結婚おめでとう」という、祝福の言葉を。
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