フル・アウト・ぺトリコール

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 夜が来た。月が昇り、人々は一日の終わりのあのゆったりとした時間を過ごしている。雨脚はますます強くなり、風も吹き始めて横殴りの雨が街を揺らす。カラスの羽根のような光沢のある黒い帳が、世界を覆っていた。彼女はまだ、窓に張り付くようにして、打ち付けては流れていく雨を眺めていた。  僕は冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出して、彼女の横に腰かけてプルタブを起こした。缶に口をつけ、黄金の液体を嚥下する。そうやってちびりちびりとビールを飲みながら、彼女と同じように雨を眺めた。  僕は雨が嫌いだ。低気圧のせいで身体はだるいし、洗濯物は干せないし、遊びにも行きずらいし。だけど、彼女を守ってくれたことには感謝をしている。雨があったからこそ、彼女は今もこうやってこの僕と同じ世界で、同じ時の中で呼吸をしていられるんだと思うし、雨があったからこそ僕と彼女は出会えたのだと思う。  ビールを呷り、じっと耳を澄ませる。僕たちのいるこの部屋を殴りつける強い雨の音が絶え間なく鳴り響き、辺りを満たしていた。雨特有の臭い。湿気を含んだシーツ。窓が風に揺さぶられている。  彼女に肩を寄せ、腰に手を回した。  僕は雨の代わりに成れるだろうか。彼女を脅かす何かから、彼女に降りかかる不幸から、守っていけるだろうか。  星のない夜空の中、独りぼっちの月が幻想のように、寒さに震えるように、朧げな姿を見せていた
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