フル・アウト・ぺトリコール

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 彼女は雨が好きだ。  朝起きて雨が降っていると、彼女は顔も洗わずに窓の向こうに広がる、濡れた灰色の世界をじっと見つめている。薄い窓ガラスに叩きつけられ、そして爆散していく小さな雨粒たちの断末魔を聴いている。  僕はそんな彼女のために、低気圧で疼く頭を抱えながら立ち上がって、少しだけ濃く入れたホットコーヒーを彼女のために持っていく。彼女は心ここにあらずと言った様子で「ありがと……」と呟いてマグカップを受け取り、そしてずずっと音を立ててコーヒーを飲む。  僕は彼女と同じ、濃いコーヒーを啜りながら、ぼんやりとした彼女の横顔を見た。長い睫毛のついた瞼が眠たそうに落ちかかっている。半分だけ空いた口元、首筋のキスマーク。僕はやれやれと首を小さく左右に動かした。雨を見つめているときの彼女はテコでも動かない。  再びコーヒーを啜り、ローテーブルの上のテレビのリモコンを手に取って電源ボタンを押し込んだ。番組を天気予報に合わせる。今日は一日雨らしい。  ああ、これで今日のデートは無しになったなと、微苦笑を浮かべながら、残ったコーヒーを一息で飲み干した。
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