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ずっと昔、子供だった曾祖母は、よく山の中腹にある神社で近所の子供たちと遊んでいた。
その神社は、古い時代には雨乞いの神様として信仰を集めていたそうで、神社を下ったところにあるお地蔵さんも同じく水に関わるご利益があると言われ、村の人たちには雨傘地蔵さまと呼ばれていた。
曾祖母が九歳の時、夏のある日。
いつものように神社に遊びに行ったところ、いつも誰かしらいる神社の境内には、その日に限って誰もいなかった。
退屈した曾祖母は、一人で山道を下り始めた。慣れ親しんだ道を歩いているうち、ふと、木々の間に大人の影を見た。
それは中年の男で、どうやらよそ者のようだった。小さな村なので、曾祖母も村人の顔なら大体知っている。
男は息荒く、目をぎょろつかせており、九歳の曾祖母は男を一目見て、あの男に見つかってはいけないと感じた。
しかし、曾祖母は気管支の異常のために、常にひゅうひゅうと呼吸音をたてている。その音に、男が振り返った。
男の血走った目が曾祖母を捉え、曾祖母は息を呑んだ。そして次の瞬間には、山を下って逃げ始めた。
男は追ってきた。
曾祖母は必死で駆け、やがて前方に雨傘地蔵さんの祠を見た。
無我夢中だった曾祖母は、祠の影に飛び込んで体を縮めた。
息を殺そうとするが、ぜいぜいという自分の呼吸音がうるさい。
男が近づいてくる足音がする。
子供の曾祖母は恐怖に震え、手を合わせた。
その時、ぽつ、ぽつ、と雨が降り始めた。
ぽつ、ぽつ、は十秒も経たないうちに、急に雨足を強めて、突如大雨に変わった。
ざざざああああああ、と、雨粒が木々を叩き土を打つ。
曾祖母の呼吸音は、雨音にかき消された。
男が斜面を滑ってきて、ずぶぬれになりながら、お地蔵さんの前を駆け抜けていった。そのまま坂道を下ってゆく。
それを盗み見たのも一瞬のことで、曾祖母は、暫く祠のうしろで雨音を聞きながら手を合わせていた。
やっと立ち上がって山を下りたのは、土砂降りの雨が止んでしばらく後のことだった。
家へ帰って知ったことだったが、その日村には、町で人を殺めた凶悪犯が逃げ込んでいたということだった。
地元の警官が各戸を回って警告をしていたので、他の家の子供たちは家から出ずに、神社へも遊びに来なかった。
知らなかった曾祖母だけが一人で出かけてしまい、恐らく犯人と思われる男を、山の中で見たのだった。
「そんなんでね、私ぁ未だに雨の音を聞くと、ちょっとほっとするんだよ」
目を細めて、曾祖母は言った。
曾祖母の話が終わった時、マナたちは家に帰り着いていた。
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