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独りで、といってもそれなりに誰かとお付き合いをしたことはある。
つーくん。そんな風に呼べる相手が出来たのは、人生でたった一度だけ。
その人は同じ職場の二つ上の先輩、春日筑士。顔立ちははっきりしていなくてソコソコだけど、私が仕事でどうしていいのかわからなくてオドオドしている時や、企画書が通らなくて行き詰まった時には、隠し味のように欲しい言葉を投げかけてくれる。
それは自然の摂理に逆らうことなく、解放された私の心は彼を求め、彼もまた私を気にかける存在になった。
同じ部屋の中に自分とは違える人と同じ時間を一緒に過ごす。家族以外でのそういった経験は、私にとって人生最大の潤いを与えた。
私がご飯を作り、彼がお風呂を掃除する。私が食器を洗えば、彼が食器を拭いてくれる。
「おいしい」
たったひと言彼がそう言っただけで、私は何もかもが安らぎに変わり、目に見える全てのものが美しく思えた。
小説や映画のような現実が、生きていく上で何回訪れるのだろう。私は今そのドラマのような世界で生き、彩られた現実というレールに乗っているのだという事実を思うと、おもむろに自分の作ったご飯を噛みしめた。
甘くておいしい。
このまま飲み込まずに口の中に含んでいれば、ずっと同じ気持ちでいられるのだろうか。ただ、それだけが今の私の中心となって、余計なことなど考えられるはずもなかった。
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