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私の仕事が遅くなると、時折、つーくんは少し苛立ちをみせるようになった。
気のせい、初めのうちはそう感じていた。言葉にトゲがあるような……虫の居所が悪い時もある。そんな思いが現実を逸らし、真実を見抜く目を欺いていたのだろうか。
「誰と会っていた?」
その言葉が、分かれ目だった。
つーくんのその目は、私の二つの聴覚を過敏に刺激した。
身体の底から湧き出るような、そんな地響きのする声を聞いたのは、思えばこの頃から始まっていた。
誰かと会っていた訳では決してなく、残業で遅くなることが多くなった。それゆえ勘違いしているように思えてならない私は、その訳を口にしたはずだったが、それらの言葉は全てを発することなく床に叩きつけられた。
次の瞬間、私は今まで受けたことのない痛みを自分の頬に感じた。
一瞬痛覚を失い、その感覚が戻った時今自分に起こったことが何であったかを実感するのには、多少の時間を有するのは疑問にないだろう。
そして、お互いを求める比重が変化したのも、自然の摂理に沿ったものでもあったに違いない。
ご飯を噛み潰した味は、口の中で変化を遂げる。甘味を溶かしデンプンの抜けた無機質なものへと形を変えてしまったならば、飲み込むタイミングを間違ってはいけないのだとこの時初めて身体に記憶した。
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