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シオリさんの言葉に、僕は何も返答できなかった。
外は既に小雨になっていたが、僕の耳元では今でもざぁざぁと雨の音が聞こえているような気がしてならなかった。
露骨に落ち込んでいる僕の姿を見て、シオリさんは僕にとある昔話をしてくれた。
「 “また、逢いましたね”ってセリフ。実は私も昔、同じような場面で声を掛けられたことがあったんです」
「そう、なんですね……。だから僕にもそのセリフを?」
「はい、あまりにも状況が似ていたので、つい」彼女は、照れながら目を伏せる。
シオリさんの話では、その日も昼下がりから突然の通り雨が降っていて、同じようにここの建物の下に避難したようだ。
そこには一人の男性が居て、突然シオリさんに向けて “また、逢いましたね”と声を掛けてきたらしい。
「その方は本当に私と会ったことがあると勘違いしてて、それで可笑しくなっちゃって二人して笑っちゃったんです。その時の私も、貴方みたいにびしょ濡れだったんですけど、そんな私の姿を見て、その方は新品の黄色いハンカチを渡してくれたんです。あぁ、人から想ってもらうのってこんなにも嬉しいことなんだって、その時に気付かされました」
「そうだったんですね。じゃあ、シオリさんはその人と」
「そうですね、いわゆる運命の出会いだったんだと思います」
シオリさんは目を細めながら首を傾け、「こんな話、信じてくれませんよね?」と苦笑いを浮かべていた。
信じるか信じないかは別として、雨宿りで運命の人と出会えるのは、それはそれは素敵なことだと思う。
同時に、そういった奇跡みたいなことは二度も、三度も起こらないんだろうなと僕はそんなことを考えさせられた。
「今日、シオリさんと会えて良かったです」と僕は、今の僕の正直な気持ちをシオリさんに伝える。
「僕も運命は信じていて、今日シオリさんと会えたことも運命だと思っています。会っていなければ、人の温かさを知らないまま、過ごしていたかもしれないので」
「そう言ってくれると、嬉しいです」
気が付くと、僕の耳元に鳴っていた雨音は聞こえなくなっており、屋根の外では小雨も止んで、山間の大きな入道雲に虹が掛かっていた。
「すっかり雨も止みましたね」
僕は屋根の外に出て、青い空を見上げる。
雨が降る前の、夏らしい日差しが僕の顔を照らす。
「ですね、これで濡れずに帰れそうです」
「また……。雨が降った時に、こうやって会えると良いですね」
「はい。その時は、また色々なお話をしましょうね」
「ですね。楽しみにしています。では、また」
僕はシオリさんに、改めて別れを告げる。
シオリさんもこれから、彼女のことを待っている家へと帰るのだろう。
今日の出来事は、雨が降っている時だけに訪れる、優しい出会いだったんだと思うと、ちょっぴり清々しい、晴れやかな気分になれた。
僕は、まだ微かに濡れているズボンの裾をまくって、家路を急いだ。
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