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第一章 田舎に帰ろう!
「ねえ翔太! 今年も行くんだよね?」
帰りの会が終わったあと、教室の一番離れた席に座っていた美優が唐突に尋ねてきた。
「そうだけど……また一緒に行く?」
僕はいつも通り美優を誘う。
一緒に僕の祖父母の家に行くのは、これで何回目だろう?
僕は毎年夏休みになると、ここから電車で三時間ほどの祖父母の家に泊まりに行っていた。
その際、家族ぐるみで仲の良かった美優もいつも一緒だった。小学校一年の夏休みから行きだしたから、今年で六回目。
今日で一学期が終わる。
明日からは夏休み。
「もちろん!」
美優は満面の笑みを浮かべて自分の席にダッシュで戻っていき、ランドセルに荷物を詰める。まあ詰めるといっても、ほとんど何もないのだけれど。
「さっさと帰るわよ!」
「ちょっと待てって!」
美優に腕をおもいっきし引っ張られながらも、僕は辛うじてランドセルに手を伸ばした。
「あつ~い……」
さっきまでの威勢はどこへやら、真夏の炎天下のもとトボトボと自宅に向かう。
真夏日を超えて猛暑日へ。
真夏の太陽は、子供が相手でも容赦はしないらしい。
「翔太のおじいちゃん家の方だったらもっと涼しいもんね」
美優は汗だくのまま笑う。
ヒマワリのように笑った彼女は、僕の祖父母の家に行くのを毎年楽しみにしているのだ。
いつも行くときはどっちの親もついてこない。
僕たち二人だけで切符を買い、電車を二回ほど乗り継いで祖父母の家を目指す。
最初はかなり不安だったけれど、隣りにはいつも美優がいてくれる。
「下手したら一〇度ぐらいは違うかも」
「え~それは言いすぎだよ~」
ちょっと話を盛ってしまった。
実際には五度変われば良い方だけれど、都会の暑さと田舎の暑さとでは、同じ気温でも体感がまったく違うのだ。
「一緒に夏休みの宿題をやっちゃおう!」
美優はランドセルから取り出した宿題プリントを、うちわ代わりに仰ぐ。
僕たちが祖父母の家に行くのは一週間後。
毎年行くまでに二人で怒涛の宿題合宿を行い、万全の状態で祖父母の家に出陣するのだ。
「今日から地獄の一週間か……」
夏休みの宿題をどう処理するかは、学生にとって避けられないことである。
大抵は最後の最後までやらずに八月三十一日に家族総出で片づける子と、最初の数日にまとめて片づける子に二分され、学校側が期待する毎日ちょっとずつ宿題をやる子など皆無だった。
そして僕は圧倒的に前者で、宿題はギリギリまでやらないタイプなのだが、僕とは真逆の性格をしている美優に引っ張られ、夏休みの最初の一週間は宿題漬けとなっている。
まだまだ十二歳だが、このまま美優と一緒にいるととことん僕のペースは消えていくのだろうと思う時がある。
しかし僕の親的には、美優に引っ張られてるぐらいがちょうどいいらしく(以前、お母さんに直接言われた)美優と一緒にいる僕をかなり好意的に見ていた。
「とりあえず帰ったら宿題の前にジュースだ。このままじゃ溶ける。宿題も溶けたらいいのに……」
「何言ってんのアンタ……」
真夏の太陽を見上げる僕を、美優はアホでも見るような目で見つめてくる。
「なんでもないよ……」
僕たちは暑さでフラフラする中、ジュースを求めて自宅に向かった。
「準備は良い?」
「そっちこそ」
僕たちは地獄の一週間を過ごし終え、全ての宿題をかたずけ(日記も妄想で書いちゃった)家の前に立っている。
僕も美優も大きなリュックサックを背負って歩き出す。
隣りを歩く美優は、普段学校には着てこない格好だ。
休みの日に僕と遊ぶときは決まって同じ服装だ。
フリルのついた可愛らしい赤のワンピースを着込み、斜めかけの黄色いポーチに足元は白いサンダル。
そこに大きなリュックサックが加わり、お洒落なのかどうか絶妙に疑わしい感じとなっている。
「翔太はいつも変わらないよね」
美優はちょっと不満そうに僕を見る。
「あんまりファッションとか分かんないんだよ」
これは本当だ。
今も親の買ってきた服をそのまま着てるだけだ。
普通に黒い短パンにオレンジのシャツ。
美優と並ぶと僕でも分かる。
これはダサい。
「今度一緒に買いに行こうよ!」
美優は歩きながら提案する。
「う~ん……そうだな。選んでよ」
「やった!」
美優は嬉しそうにその場で飛び跳ねた。
どうして機嫌が良くなったか分からないが、彼女が笑ってくれるのならそれでいいや。
「そろそろ乗り込みますか」
しばらく歩いた僕たちは無事に駅に到着し、切符を買う。一足先に改札に向かった美優は仁王立ちしていた。
「電車に乗るぐらいで大げさな……」
「いいのよ! ここから一年に一度の、最高にハッピーな一週間が始まるんだから!」
美優はそれだけ言い残し、改札を通過した。
電車に乗ってからは二人でスマホを弄ったり、学校であったことなどを喋りながら過ごし、二度の乗り換えをして目的地の最寄り駅まで辿り着いた。
「相変わらず景色が凄いよね!」
美優は興奮気味に語る。
彼女の祖父母はわりかし近くに住んでいるため、美優はこういう田舎の風景に憧れがあるんだそう。
僕は毎年来ているため実感は無いが、実際に改めて見てみると、確かに僕たちの住んでいる街とは全然違う。
見渡す限りの田んぼ。
見える範囲に高い建物はなく、代わりに周囲を山に覆われている。
青空が僕たちを見下ろし、セミの鳴き声が永遠と耳に迫ってくる。
暑いは暑いが、都会のようなべたつく暑さとは違い、カラッとした暑さだ。
「僕はこっちの方が好きだな」
正直に白状する。
便利なのは都会だろうけれど、マイペースな僕にはこういう落ち着いた場所が一番なのだ。
「将来大人になったら、こういうところに住むのもいいよね」
美優が随分と先のことを口にした。
流石に早すぎない?
僕たちまだ小学校すら卒業してないんだよ?
「まあいつかはね」
「何それ曖昧な返事~」
誤魔化した僕に向かって不満そうに言うと、そのまま笑い出す。
いまはなんでも楽しいらしい。
「日が暮れる前に行こう。心配しているかも知れないし」
僕は駅の古びた時計を見る。
短針は十二時を指し示し、今がお昼時だと告げていた。
初日から遊べるように早起きしたのだから、このままここに居続けるのはもったいない。
「そうねそうしましょう!」
美優は僕の意見に同調して歩き出した。
僕たちが駅を出発してから三〇分ほど経過したころ、目的の祖父母の家に到着する。
雑木林を抜けたり、小さな橋がかけられた小川を渡ったりと、自然を全身で感じながら美優と散歩気分でやってきた。
「いらっしゃい」
到着した僕たちを出迎えてくれたのはおばあちゃん。
おじいちゃんとは違って、ちょくちょくこっちの家にもやって来るので、そこまで久しぶりという気がしない。
「おじゃましまーす!!」
僕たちはあいさつもほどほどに家の中に侵入する。
祖父母の家は木造の二階建で、家は田舎ならではの広さをしており、中でかくれんぼもできるほど。
「おじいちゃんは大丈夫なの?」
「ええ。あんまり出歩けないだけで元気よ」
おばあちゃんは安心させるように笑う。
おじいちゃんは今年に入った辺りから、何故か弱ってしまったらしい。それは電話で聞いていた。
お母さんたちが深刻そうに話しているのを聞いたこともある。
どこの医者に見せても原因が分からないようで、単純に加齢だと診断されるようだった。
去年の夏休みに会った時は、あんなに元気だったのに……。
ここに来るのが楽しみな気持ち半分と、心配な気持ち半分。
「会っても大丈夫?」
「良いわよ。きっと喜ぶから」
おばあちゃんの許可を得て、僕と美優は急いでおじいちゃんが寝ている部屋に向かった。
「起きてる?」
ドアをノックし、ゆっくりと扉を開けるとおじいちゃんは眠っていた。
静かで寝息も聞こえない。
まるで死んだように眠っている。
「おじいちゃん?」
もう一度声をかけるが返事はなかった。
再び声を出そうとした時、後ろにいた美優に肩を叩かれる。
「無理矢理起こしちゃだめよ。起きた時にあいさつしましょう」
そう言って美優は僕の腕を掴んで廊下を歩き始めた。
おばあちゃんにまだ寝てたことを伝えると、麦茶をコップ一杯口に含んで僕たちは裏山に向かった。
裏山はその名の通り、本当に祖父母の家の裏手にある。
石畳の広い階段を登っていくと、そこに神社があり、その神社の裏手側には森が広がっている。
僕たちが毎年おじいちゃんと遊んでいたのは、その森の奥にある公園だ。
公園と言ってもおじいちゃんが自分で作った手作りの公園で、町内会で貰って来た滑り台もどきや、立派な木の枝にロープを垂らして作った自家製のブランコなど、おじいちゃんはなんでも作れるのだ。
「毎年思うけど、よくおじいちゃんこの階段を毎日登るよね」
僕は息切れしながら美優を見る。
彼女も疲れた顔をしていた。
この階段は非常に長い。
小学生から見て長いという意味ではなく、大人から見ても登る気の失せる長さである。
ましてや歳のいったおじいちゃんにとっては、僕たち以上に大変そうに思えるのだが、嘘か本当かおじいちゃんは毎日この階段を登っていたという。
今年に入るまでは。
「あれだよね? 確か大事にしてる木があるんだよね」
彼女の言う通り、この階段を登った先にはおじいちゃんが御神木と呼ぶ木がある。
おじいちゃんが子供の頃にこの神社で発見してから今まで、ずっと立派に成長し続けているらしい。
樹齢ウン百年。
そんな噂が絶えない御神木だ。
おじいちゃんが今の家に引っ越してきてから手入れをするようになったが、それまでは打ち捨てられた神社などは忘れ去られており、毎日参拝するのはおじいちゃんのみとなっている。
「もうすぐ着くな」
僕たちがやっとの思いで階段を登り終わると、目の前には煤けた鳥居が門番のように立っている。
いるかいないか分からない神様に静かに一礼すると、毎年来ている馴染みから足取り軽く鳥居をくぐる。
「うん?」
僕は違和感を覚えた。
どうやらそれは隣りの美優も同じのようで、二人で顔を見合わせる。
なにか目が回るような、周囲の空間が歪んだような、そんな違和感。
「ねえ翔太……あれ」
美優が僕の袖を引っ張り指をさす。
彼女が指さした先には御神木があった。
だがどう見ても様子がおかしい。
いつも見る御神木は、青々と葉っぱを茂らせ、生命力にあふれた大木だ。
決していま目の前にあるような、弱った木ではない。
眼前の御神木は、枝葉は枯れ落ち、艶やかな幹の色は薄黒くなり、干からびているようだった。
「なんで?」
僕たちが驚きで目を丸くしていると、突如背後で何かが閉まったような音がした。
「な、なに!?」
美優は恐怖からか僕にしがみつく。
「ちょっと痛いって……」
後ろを振り返ればさっきまでと何も変わらない。
だけど今の音は、まるで何かを遮断したような音だったのだ。
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