第二章 モジャモジャ

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第二章 モジャモジャ

「ねえなんか変じゃない?」  普段の強気な姿勢はどこへやら、美優は完全にビビっているようだった。 「変といえば変だけど、そうでもないといえばそうでもないかな?」  自分でも何を言っているのか分からない。  でもさっきまで確実に晴れていたはずの空は、黄金色に光り出している。  どっからどう見ても普通じゃない。    まだ昼間だぞ?  真昼間だぞ?  どうしてこんな……。 「一度帰ろう」  僕はとっさに思いつく。  そうだ。  危なそうだったら戻ればいい。  戻っておじいちゃんが起きたら、いま起きていることを話すんだ。  そう思って僕たちは一目散に駆け出す。 「あれ!? どうして?」  美優が悲鳴に近い声を上げる。  僕も触ってみて理解した。  ここは普通の世界ではない。 「透明な……壁?」  登ってきた階段に繋がる鳥居を、くぐろうとした瞬間のこれである。  手をかざすと何かにあたる。  この先に行けない。   「これって……閉じ込められたってこと?」 「そうなるね」  僕は美優の問いに答える。  閉じ込められたのだ。  この神社の中に。 「一体どうなってるんだろう?」  僕は呟く。  閉じ込められたと認識したが、そんなことあり得るだろうか?  何かのマンガやゲームじゃあるまいし、見えない壁だなんて現実味がなさすぎる。 「どうしよう」  美優は神社内を見渡す。  ここには僕たち以外に誰もいやしない。  誰が何の目的で、ここに僕たちを閉じ込めたのか分からない。 「とりあえず座るか」  僕は提案する。   「こんな時に?」 「こんな時こそだよ。立ってたって意味ないだろ? だったら座って休もう。どうするか考えよう」  僕は驚いた様子の美優の手を引っ張り、神社本殿の段差に腰掛ける。  一度深呼吸をする。  おそらく鳥居をくぐった時だ。  あの時何かが閉まる音がした。  その時に外界から閉ざされたんだ。 「意外としっかりしてるのね」 「意外とってなんだよ」  何気に失礼な言い方だぞ? 「もうちょっと頼りないと思ってたから」 「良かったな予想が外れて。僕は思ったよりも冷静だよ」  驚きすぎたのかもしれない。  一周回って冷静というか、驚いて騒げるほどこの事態を飲み込めていないだけだ。   「普段は私の方がお姉ちゃんなのに」 「僕たちクラス一緒だよ?」 「そういう意味じゃないの」  美優は口からため息をもらし、笑った。  なんでため息をもらしたのか分からないが、美優が笑ってくれるならそれで良い。 「そもそも空が変だよな」 「私もそう思う。なんか時間が止まってるみたい」  僕たちは黄金色の空を見上げる。  太陽が黄金色なのではなく、雲全体が黄金色なのだ。  むしろ探したところで太陽の姿が見えない。 「太陽がない世界?」 「本当に何かのアニメかマンガみたいね」  他に何か違いがないか、見て回ることにした。  座っていた段差から立ち上がり、フラフラと境内をしらみつぶしに覗いて回る。  他に人がいないのは勿論、それ以外にたいして変わったところなどなかった。  「もしかして……」  僕は一つだけ違うことに思い至った。 「なになに? なにか見つけたの?」  美優は期待のこもった眼差しで僕を見つめる。  期待させすぎても申し訳ない。  ちょっと気になった程度のことなのだが。 「ここの神社が普段と違う点って何もなかったよね?」 「うん」  美優は肯定する。 「でも一つだけあったんだ。僕の知っている普段と違うところ」  そう言って僕が指さしたのは御神木だ。  おじいちゃんが大事にしている御神木。  枯れる寸前の御神木。    そうだ。  あれだけこの空間になってからも、この空間になる前からも、僕の知っているこの景色と異なっているのだ。  少なくとも昨年の夏までは元気だった。  異常といえば異常だ。  あの木だけが弱っている。  周囲の木も弱っているのならまだ理解できるが、もっとも巨大でもっとも頑丈なはずのあの木だけが弱っている。 「御神木」  美優は呟いて、ゆっくりと僕の手を引っ張りながら進んでいく。  御神木に近づいていく。 「あれって何かな?」  今度は美優が指をさす。  その先には小さな何かが蠢いていた。  大きさはバスケットボールくらい。  色は栗色で、自身の体をブルブルと震わせている。 「なんだこのモジャモジャ」  僕は近くにあった木の枝を拾って突っついてみる。   「わあ!」  するとモジャモジャは一度大きく跳ね上がると、そのまま地面に着地した。  どうやら丸い何かではなく、手足のある生物のようだ。  モジャモジャに見えていた部分は、この謎の生物の髪の毛にあたる部分らしい。  基本的には丸くて、モジャモジャしていて手足が短い。  顔はあるが、人間のそれというよりも動物に近い。   「たぬきの妖怪?」  美優が素直な感想を述べる。  実に的確にこの生物を表していると思う。  確実にたぬきではないが、知っている生物ならたぬきが一番近い存在だ。  たぬきと栗のハイブリット。 「失礼な! 我は神ぞ!?」  たぬきが喋った。  一瞬場が凍る。  人間は信じられないことが起きた時、思考が固まると聞いたことがあるが全くもってその通り。  何も考えられない。  こんなヘンテコな生物がいるだけで軽くパニックなのに、それが喋るとか勘弁してくれ。  おまけに神様だとか言い出すし……。 「たぬきの神様?」  美優はたまに恐れを知らないというか、的確に話題の急所を突く能力があるというか……普通いまの場面でそれは言わないだろ? 「美優、失礼にあたるんじゃないか? 相手は神様だって言ってるんだし」 「私は神様って部分は否定してないわよ?」 「そりゃそうかもしれないけど……」  美優って天然なのかもしれない。   「さっきから聞いてれば好き勝手言いやがってガキどもが!」  たぬきの神様は思った以上にご立腹だった。  しかしそれは当然のことで、いきなりたぬき呼ばわりしたら怒るだろう。 「じゃあなんの神様なんですか?」  僕は神様の逆鱗に触れないように、言葉を選んで尋ねる。 「…………分からん」  僕と美優は固まる。  あんだけ否定しておいて、ブチギレておいて、自分が何の神様なのか分からないだと?    しかもよく見るとなんだかうじうじしているし……本当に神様なのかすら怪しくなってきた。 「じゃあ君は今からモジャモジャな」 「モジャモジャ!?」  そうだとも。  身元不明の自称神様には相応しい称号だ。
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