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第三章 ディオスワールド
「何か不満でもあるの?」
美優がニヤニヤしながらモジャモジャを突っつく。
「あるわ! 凄くあるわ! 我は神様ぞ?」
「だからそれは聞いたって。でも何の神様なのかは分からないんでしょ?」
僕は優しく指摘する。
なんだかタヌキをイジメているようで気が引けたのだ。
「そうなんだけど……なあ、我って誰? どこの誰?」
急にしおらしくなったモジャモジャは、僕と美優の顔を交互に見比べる。
「だからモジャモジャだって言ってるじゃん!」
美優はその呼び名で決定と言わんばかりに言い切った。
相手の意見とか、そういうのはお構いなし。
彼女らしいと言えばそれまでだが、それを神様にまで適応するとは恐れ入った……。
「そうか……我はモジャモジャか」
どうやらタヌキの呼び名はモジャモジャで決定らしい。
自分のことが分からない神様にとって、美優の強引さはある意味救いとなるかもしれない。
「僕たちここに閉じ込められちゃったみたいなんだけど、何か知らない?」
僕はせっかくなので尋ねてみる。
この不思議な空間で出会った不思議な神様だ。
聞かない方がおかしい。
もしかしたらここから出してもらえるかもしれない。
「あれ? 確かにそういえば、どうしてここに人間がいるんだ?」
モジャモジャは急に驚いたように喋りだした。
この反応から察するに、どうやらこの場所に人間がいること自体がイレギュラーらしい。
「ここはどこなの?」
僕は畳みかけるように質問を続ける。
ここは僕の知っている神社であって、そうではない。
こんな黄金色の空間ではなかったはずだ。
よくよく目を凝らすと、空だけではなくて空間そのものに色味が混じっている。
「ここかい? ここはディオスワールドの狭間さ」
モジャモジャは聞き覚えのないワードをちらつかせる。
ディオスワールド?
ワールドは世界のことだろう。
それはまだ小学生の僕にだって分かる。
「ディオスってどういう意味?」
美優が尋ねる。
なるほど、美優も流石にワールドの意味は分かったらしい。
「ディオスはスペイン語で”神”を意味するのさ!」
急にモジャモジャは偉そうに胸を張る。
さっきまでのうじうじしていた態度とは全く違う。
ディオスワールド。
神の世界……。
本当に言葉通りの意味だが、つまり僕たちは人間の世界ではなく、神の世界に迷い込んでしまったってわけか。
「これが神隠しか」
「じゃあ隠したのはこのモジャモジャね」
僕の言葉に美優が悪乗りする。
まるでモジャモジャが犯人であるかのような物言いだ。
「我は何もしてないぞ?」
「じゃあなんで私たち、このディオスワールドにいるのよ!」
美優が詰め寄る。
笑顔を浮かべたまま。
怒っているというより、モジャモジャとの会話を楽しんでいるようだ。
さっきまであれほど怯えていたのに、今ではこの状況を楽しんでいる。
まあ美優らしいが……。
「だからさっき言ったろ? ここはディオスワールドの”狭間”だって」
「狭間?」
「そうだ狭間だ」
モジャモジャはそれで説明が終わったかのような雰囲気でこっちを見るが、狭間という単語でゴリ押しておいて、それで説明責任を果たしたなどと思わないで欲しい。
「モジャモジャ……今ので説明出来たと思ってる?」
僕は改めて尋ねる。
「いや、ちょっと足りなかったかなと」
「そう思うんなら続きをどうぞ」
僕はモジャモジャに説明の続きを求める。
やっぱり彼からしても足りないだろうとは思っていたようだ。
良かった良かった。
あれで説明が完了していると思われたら、この先やっていけない。
「うーん。なんて言えば良いのかな~」
そのままモジャモジャは黙り込んでしまう。
数分間、僕たちは腕組をして空を見上げるモジャモジャを眺め続けるという、謎の時間を過ごす。
なにこの時間?
そんなに説明考えるの難しいの?
それともそれだけ厄介な場所に来ちゃったの?
「あれだよあれ、神の世界と人間の世界の狭間だよ」
待ちに待った回答がこれか……。
「そんなの予想してるって。どうやったら元の世界に帰れるの?」
ここでもう一度狭間の説明を求めたら、また数分間待たなきゃいけないので、次の質問をする。
実際僕たちはここから帰れれば問題はない。
どうすれば再びこの空間に戻らなくて済むか……それだけ教えてもらえればそれでいい。
帰る方法だけ聞いて、そのままさよならしたい。
こんなモジャモジャと押し問答している時間はない。
「分からん!」
今度は即答。
どうやら分からんらしい。
「それは困るんだけど……」
「困ると言われてもな~分かんないもんは分かんないし」
モジャモジャもやや困り顔。
意地悪で言っているわけではなく、本当に分かんないようだ。
「じゃあどうやって帰るのよ!」
美優がやや激しめにモジャモジャに詰め寄る。
彼女の言う通り、僕たちはこの先どうすれば良いのだろう?
「うるさい! なんでも答えがすぐ帰ってくると思うなよ! これだから子供はいやなんだ!」
モジャモジャはどうやらご立腹らしい。
ぷんぷんしているが、全く怖くない。
やっぱりたぬきと栗のハイブリットが怒ったところで、たかが知れているのだ。
「他の人間と会ったことはあるのかい?」
人間の子供は嫌ということは、他に比較対象がいなければ成り立たない。
「あったと思う……たぶん。いや、絶対に」
あやふやな回答だった。
そもそもからして自分のことでさえ怪しいこの神様に、他の要素を聞くこと自体が間違っていたのかも知れない。
でも最後に絶対と言い切ったところを見ると、どこか心当たりがありそうだ。
「どっちなのさ」
「いたよ、いたいた!」
モジャモジャはやけくそ気味に答える。
「そんなのどっちでも良いから、帰る方法教えてよ!」
美優が僕たちを尻目に騒ぎ出す。
夏休みに田舎に来たら神隠しに遭いました。
夏休みの宿題に書いてやろう。
日記に書いてやろう。
きっとクラスの誰にも書けない体験だ。
でもそのためにはまず、この狭間から出なければならない。
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