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第四章 寺院
「そういえばお前、あの男に似ているな」
モジャモジャが急に僕をマジマジと見つめる。
「誰だよあの男って」
「思い出せないんだけど、何故かそう感じたんだ」
モジャモジャはそれだけ言って歩き出す。
「どこに行くの?」
美優が尋ねると、モジャモジャはニヤリと笑って腰に手を当てる。
「もちろんディオスワールドさ! このままここにいても埒が明かないからね。君たちも来るといい。このままここに居続けるのは危険だよ」
怖いことをいう。
僕はそう思った。
ここに居続けるのは危険。
モジャモジャは確かにそう言った。
「危険なの?」
「危険さ。どちらにも属していない世界の狭間だぞ? そんなところに長い時間いたら、頭がおかしくなるのさ」
モジャモジャは答えると僕たちを手招く。
長い時間いたら頭がおかしくなる……それって今のモジャモジャのことなんじゃないのか?
前を行くモジャモジャの後姿を眺める。
聞くべきだろうか?
いや、止めておこう。
無粋な質問だ。
モジャモジャには、何か僕たちに隠している秘密がある。
それが意識的に隠しているのか、この狭間に長いこといたせいで忘れてしまったのかは分からないが、何かがあるのは確実だ。
「どこからディオスワールドに向かうの?」
美優が尋ねるが、モジャモジャは無言のまま歩き続ける。
しばらく歩いた後、モジャモジャが急に振り返る。
「ここから行くのさ」
指さす先には賽銭箱。
「お金を取るの?」
「違う! あそこの前に立って手を合わせろ。それだけで向こうに着いているさ」
モジャモジャは先に行くと言って、賽銭箱の前に立って手を合わせる。
するとモジャモジャの足元から、金色の糸がするするとモジャモジャの周囲を覆いはじめ、次の瞬間には忽然と姿を消していた。
「行こう」
僕はちょっとビビっている美優の背中を押して、賽銭箱の前に立つ。
このままここに居たらおかしくなる。
脳裏にモジャモジャの顔が浮かぶ。
僕たちはさっきモジャモジャがしたように手を合わせて目を瞑る。
周囲が暖かくなっていく。
たぶんあの金色の糸が僕たちを覆っているんだ。
そう思った瞬間、一度地面から離れたような気がした。
気がつけば足元はやや柔らかい。
さっきまでは石畳の上だったのに……。
「二人とも目を開けてごらん」
モジャモジャの声が聞こえた。
少しホッとする。
こんな短時間でも、僕はモジャモジャのことを信頼しているのだと実感した。
モジャモジャの言うとおりに目を開けると、そこは草原だった。
見渡す限りの草原。
ただし足元の草は金色だ。
空は青いのに、木や草花は全て金色。
「なんか目がチカチカする」
「すぐに慣れるさ」
目をぱちぱちする美優にモジャモジャが答える。
確かにちょっと目が痛い。
太陽の光は普通なのに、岩や石ころは人間の世界と一緒なのに、草花や木だけが金色に光っている。
「なんでこんなに金色なの?」
僕はモジャモジャに尋ねる。
「金色っていうのはね、神のエネルギーなんだ。だからこの世界では生物はみんな金色なのさ」
そう語る通り、確かに僕と美優も金色だった。
肌が金色で、靴や服は元の色のまま。
「綺麗な世界……」
目が慣れてきた美優はうっとりとして世界を見る。
僕も彼女につられて周囲を見渡す。
本当に綺麗な世界だ。
この景色に比べれば、祖父母の家のある田舎の風景なんて大したことないかもしれない。
でもそれは仕方のないことなのだ。
ここは神様の世界”ディオスワールド”。
剥き出しの命の世界なのだから。
「とりあえずあの寺院を目指そう」
モジャモジャが先導する先には、全体的に赤っぽい素材で造られた寺院があった。
結構距離がある。
「歩いていくの?」
「歩いていくの!」
モジャモジャがオウム返ししてくるあたり、他に手段はなさそうだった。
歩き始めて何時間たっただろうか?
僕と美優は空を見上げるが、一切太陽の位置が変わらない。
ここは時間が経過しないのか?
「どうしたんだ? 太陽なんか見て? あれは動かないぞ? テコでも動きやしないんだ」
モジャモジャは俺たちの視線に気づいたのか、説明する。
動かない太陽?
「じゃあずっと昼ってこと?」
「そうさ。神の世界に夜なんざ必要ねえ!」
まあ確かに神様が夜に寝てるイメージはない。
しかしテコでも動かない太陽か……。
時間間隔が狂うな。
あっちではどれだけの時間が経ったのだろう?
「安心しな。ディオスワールドは人間の世界とは時間の経過が違うんだ。だからまずは帰る方法を探らないとな」
モジャモジャは寺院の扉の前に立つと、側にあった石の台に手を当てる。
遠くで石が擦れる音が響き、眼前の巨大な石の扉が左右に開かれた。
黄金色の草原から黄金の寺院へ。
そんな印象だった。
扉の向こうはまるで桃源郷。
天井は見えないほど高く、どんな仕組みかは分からないが寺院と呼ばれる建物中は、黄金の光が優しく中を照らし続けている。
子供ほどの太さの柱が中央の園庭を丸く囲い、園庭には玉座が置かれ、その足元には清らかな小川が流れている。
あちこちに生えている木には桃がなり、金色の小鳥が果実をついばんでいる。
まさしくこの世の楽園。
子供ながらにそう思う。
中は寒くも暑くもなく、匂いは甘い桃の香りに支配され、耳に届く音は小川の流れる音と小鳥のさえずりだけ。
「ほう誰かと思えば、瀕死の神が何をしに参った?」
そんな声と共に寺院の奥から現れたのは、異様に綺麗な神様だった。
柔らかそうなローブを身に纏い、僕たちと同じ黄金の肌を見せている。
絶世の美女。
誰がどこから見てもそう言うだろう。
「ヘケト様……再びお目見えする失礼をお許しください」
モジャモジャは深く深く頭を下げる。
ひれ伏す。
それと彼女は、さっきモジャモジャのことを何と言った?
瀕死の神?
「よいよい。しかし後ろの人間たちはなんだ? どうしてこの神の世界に人間を連れ込んだ?」
ヘケトと呼ばれた女神は、その美しく鋭い眼光を僕たちに向けた。
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