白い悪魔

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「ヤマオカ、ヤマオカ、知ってた? 隊長って本当は100歳以上なんだって! 」  秋雨降る放課後。くりくりっとした瞳が僕を見つめる。その瞳にともるのは好奇心の光か。全く毎度毎度鬱陶しいこと限りなかった。 「それって、コールドスリープっていいたいの? 」 「コールドスリープ? 」  小首をかしげるユフィ。 「コールドスリープ、知らない? 」  こくこくとうなずく彼女。  かなり有名な技術だと思うんだけど。まぁユフィだから仕方ないか。 「眠っている間、人体を低温状態に保って老化を防ぐことだよ。何十年、何百年という時間をね」 「眠っている間氷漬けにするってこと? 」 「なんだ、やっぱり知ってるじゃないか。まぁ平たく言うとそんな感じかな」  子供のころそういう技術があると知ってかなりワクワクしたのを覚えている。実際実用化された当初はかなり高額であるにもかかわらずたくさんの人が志願したそうだ。不治の病を治すため未来の可能性を信じたり、もの好きな金持ちが未来の様子を知りたがったり、金持ちでなくてもなけなしの金を使って未来の様子を知りたがったり…でも今はそんなものを使おうというもの好きはいない。現在の体制が何十年、何百年後も続いている保障なんてないからだ。そうやって眠りについた彼らのうちちゃんと起こしてもらえた人間がいったいどれほどいたことか。ほとんどの人間が、戦争中に燃料として使われてしまった。  戦争になれば物資が不足する。コールドスリープの機械は戦争の部品になった。そして中の人間もまた部品になった。  眠っている間に世界が常識が変わってしまったら眠る前の約束など保証される保証はないということだった。 「でも解凍したらお水いっぱいでない? お肉を回答すると赤い水がいっぱい出るよ? あれって血なのかな?」 「それは解凍する際に細胞を傷つけてしまって細胞の中の水がでてくるんだけど、まぁ、コールドスリープではそんな雑なことは起こらないようになってるよ」 「さすがヤマオカ物知りだねぇ」  感心したようにユフィは言った。 「そりゃどうも」 「ああ、それでね隊長の話なんだけど…」  隊長はその点は幸運だったらしい。ほとんど存在しないはずのちゃんと起こしてもらえてもらえた人間、その中の一人が隊長だった。戦争中にそういうことをしてしまった負い目からか、政府は隊長の処遇にはとても気を使っているらしい。 「隊長って100年前に好きな人いたのかなぁ? 」 「さぁ、でも容姿は人並みだし、コミュニケーション能力もあるし、頼りにもなるからいたんじゃないか? 」 「ええ、でもものすごいズボラだよ? 」 「ユフィがズボラって言うのか? 」  ズボラで言ったらユフィは負けていない。むしろ超えるのは難しいだろう。とても女の子だとは思えない。僕が介護しなかったら単位なんか絶対落としていただろうし… 「ええ、私ズボラじゃないよう! ちゃんとメイクもしているし」 「まぁ、最近はそうかもね」  誰かさんのおかげでね。僕はそういうと視線を窓に移した。相変わらず雨が降っている。鬱陶しい。 ・・・ 「あれ~? ヤマオカじゃん! 」  桜咲く、それは大宇宙防衛大入学式でのことだった。彼女はそういって僕の前に現れた。  栗色の髪を無造作に右で束ねたサイドテール。釣り目の瞳。美しいというよりかわいい、人懐っこい笑顔。けれどそれはなんとなく狐っぽい印象をうけた。狐は人を化かすという。確かに可愛い容姿をしていたが、そのせいで僕の第一印象はあまりよくなかった。  第一印象…そう、僕は彼女に見覚えなんてなかった。だけど彼女はまるで旧知の仲であるかのようになれなれしく話しかけてきた。 「私だよ。ユフィ・デンドー・ラムだよ?」  だよ? とか言われてもさっぱりわからなかった。僕は記憶力には自信がある。今まであった人間のことは全員覚えている。その僕が覚えていないのだから会ったことはないはずだ。 「ほら、高校は違ったけど小学校中学校一緒だったじゃん? 」  そんなこと言われても、わからないものは分からない。 「ラムちゃんだっちゃ」  それが彼女の持ちネタらしく決め顔でそういったが、知らないものは知らなかった。  というかそれって100年以上前のアニメとかいう完全傍観型エンターテイメントのキャラクターのネタだったはずだ。現在のエンターテイメントの主要は参加型の疑似体験型だ。最初から最後まで完成していてそれをただ眺めているというのが完全傍観型。疑似体験型は自身が登場人物の一人になって物語に参加して干渉、ストーリーを変化させていくというものだ。現代人の僕たちは物語に干渉できるのが当たり前なのでそれになれていると傍観型は物足りなくなってつまらなく感じる。彼女はなかなかレトロな趣味を持っているみたいだった。 「あのう、同じクラスだったことってありましたっけ? 」  僕は考えた結果、彼女が同じ小中学校の同級生だだけれど同じクラスにはなったことはない可能性に思い当たった。それならば僕が覚えていないこと、彼女と同じ学校に通っていたことに説明がつく。他に僕が彼女を覚えていない可能性が考えられなかった。 「えぇ~敬語なんていいよ。確かにヤマオカはオタクの根暗で私はクラスのアイドル的存在だったけど同い年なんだし」  いや、別にクラスカーストの問題で敬語使っているわけじゃないんだけど…いきなりため口も失礼かと思っただけで。 「確かに同じクラスになったことはないけど、ヤマオカの妹と同じ部活だったんだよ。妹ちゃんから私のこと聞いてない? 」  聞いていないです。ていうか妹とそんなに仲良くないです。一体妹は彼女に俺の何を吹き込んだのだろう? 別に告げ口されて困ることなんてないけど。  兎に角、やはり同じクラスになったことはないらしい。  どうやら妹と同じ部活だったので勝手に僕に親近感を持っていたみたいだ。彼女的には初めての大学で心細かったのかもしれない。そんな時、知り合いがいてうれしくてついなれなれしく話しかけてきたのかもしれない。それにしては失礼なことを言われた気がするがそれは不問としよう。きっと寂しかったのだ。そう考えると彼女の態度も分からなくはない…などと好意的に考えたのが間違いだった。 「ヤマオカも楽したいから防衛大入ったの? 」  楽したいから防衛大? 一体何を言っているのか言葉の意味が分からず目が点になった。 「大学入りながらお給料もらえるなんてここだけだよね。しかも自動的に公務員だよ。コスパやばすぎっしょ?」  確かに職業軍人は公務員と定義されている国もある。我が国もそうだ。そうだけれども給料がもらえるのには理由がある。防衛大への入学と共に軍人の卵として扱われるからだ。 「ユフィさんは戦争とかあったら駆り出されるの分かってるのです…分かっているのか? 」 「えー戦争なんてもう100年も起きてないじゃん。大丈夫でしょ」  確かにこの国限定なら100年起きていないが、小さな紛争は世界のどこかでおきているし、そこに派遣されないという保証はない。 「それに私女だし。戦争に行けって言われるのは最後じゃないかな。女の子にはもっと大切な役目があると思うんだよね。子供を産んで育てて次の世代につなげていく的な? 」  だったらなんでここに入ったのだろう?  「だから、安定しているからだってば。さっきの話聞いてなかった。ヤマオカって案外馬鹿だね」  別に僕はつっこんでないのに彼女は勝手に顔色を読むとあははははと笑った。失礼な女だ。 「それにさぁ、戦争に行けって言われれば結婚して辞めてもいいんだよね。いい男捕まえないとね。ヤマオカもチャンスあるかもよ? 」  彼女はそういうとウィンクしたが慣れてないので両眼をつむってしまっていた。台無しだった。  駄目だこいつは。本当になんて失礼な女なんだ。  だいたい僕は楽したいから防衛大にはいったわけでは…ないこともないけれどももうちょっとマシな理由だった。医者になるにあたって一番コスパがいいのは防衛大だったのだ。卒業後しばらく軍医として勤めなくてはならないが医者の勉強をしつつ金も稼げる最強の大学だった。軍医なら戦争になっても最前線には送られないだろうし…て、あれ? なんか僕の防衛大を目指した理由がユフィとそんなに変わらないような気がしてきた。でもきっと勘違いに違いない。たぶん。 「とりあえずさんづけはいらないからユフィでいいよ。ヤマオカ」  人の心を読んだようにユフィはにやにやと笑っていた。  それがユフィとのファーストコンタクトだった。  ・・・ 「あ~暑い。しぬぅ~」  灼熱の炎天下、ユフィがコクピットハッチの中で呻いた。コクピットの中にはもちろんエアコンが備え付けられてはいたが訓練では使用してはいけない決まりとなっていた。つまりコクピットの中は蒸し風呂状態だった。 「みずぅ~、これじゃ熱中症になっちゃうよぉ~」 「大丈夫だよ。熱中症になってもすぐに治るから」 「ええ…」  僕の返答にドン引きするユフィ。  そうは言っても現代の医療技術をもってすれば熱中症を完治させるなど造作もないことだった。医療の発達により熱中症からの回復だけでなくあらゆる病からの回復が容易になり、なんなら死んで3日以内なら蘇生すら可能となった。 「技術の進歩する方向変じゃないか? なんで100年たってもエアコンは進化してないんだよ」 「だよねぇ」 「て、隊長なんで一緒にさぼってるんですか…」  いつの間にか隊長が間に割り込んでくる。実習は上級生2人と下級生2人のペアで一小隊として行われる。隊長は小隊の小隊長だから隊長だ。 「別に俺はさぼっているわけでは」 「ちゃんとまじめに仕事してください! 」  もう一人の先輩、メガネ先輩が隊長に駄目だししている。メガネ先輩は隊長よりよっぽどしっかりしているからメガネ先輩が隊長になればよかったのと思うのだが少々内向的な性格をしているようで、そう考えるとこの中で一番隊長にふさわしいのは隊長になるなというのは致し方のないことだった。 「はは! 隊長怒られてる! 」  ユフィが暑さを忘れて喜ぶが、それも一瞬のことだった。 「はやく終わらせて帰ろうよぉ」  すぐに弱音を吐き始める。  とはいえ熱いのはユフィだけではなかった。いくらユフィが怠け者のものぐさ太郎でも、暑さに答えているのは皆同じだった。熱中症はおろか脳が無事でさえあれば3時間以内なら蘇生すら可能になった現代、根性論というものが再び見直されるようになっていた。ちょっとくらい無理しても簡単に治るから、それなら無理しても大丈夫だよねということだ。なんてこったい。 「コンバットアーマー、コンテナへの積み込み終わったぞ」  そうこうしている内に隊長がロボットに乗り込みコンテナに移動している。 「さすがですね隊長。でもそれコンバットアーマーじゃありませんよ。モビルスーツです」 「ああ、そうだったな。でも俺の時代はそう呼ばれていたから…」  僕は捕獲したモビルスーツを見上げた。  モビルスーツとは人型の兵器、ロボットのことだ。今から100年以上前に流行したテレビアニメが語源であるらしい。そのアニメでは戦闘機やモビルキャリアーの代わりに人型の兵器が主力になるよう設定されていてその人型兵器を総称してモビルスーツと呼ばれていた。コンバットアーマーも同じく100年以上前に流行したテレビが語源だが、こちらは少々マイナーであるらしかった。だから今目の前にある人型兵器は隊長の時代ではコンバットアーマーと呼ばれていたが、今の時代ではモビルスーツと名を変えて伝わっているのだった。 「では、直ちに離脱する」 「了解しました」  僕たちは隊長とは違いモビルキャリアーに搭乗している。こちらが正規に群に採用されているモデル。物語の中では人型兵器が戦争の主役となったが現実ではそうではない。人型の兵器など運用法が面倒くさいだけだ。もっと簡略的に効率的に機能を追求した結果がモビルキャリアー。簡単に言うと巨大な蜘蛛のような兵器だった。基本的に宇宙空間での有人機の主力はモビルキャリアーといってよかった。 「隊長なんて? 」  通信にエフィが割り込む。防衛大に入って3年目、認めたくないが僕とエフィは完全にバディと化していた。少なくとも先生たちはそういう目で見ている。厄介者のユフィを僕に押し付けているのだ。 「ただちに離脱だって」 「え~人使い粗~い」  理由はエフィの性格のせいだ。最初にあった時ユフィはクラスのアイドル的存在でクラスカーストの上位みたいに言っていたが、とんでもない話だった。クラスカーストがあったから彼女は不思議ちゃんに分類されていただろう。ランク外だ。とにかく彼女はずぼらで面倒くさがりだった。遅刻さぼり当たり前。そのくせ天才肌で何でも器用にこなせてしまうため退学にもならない。処世術も心得ており寄生主を見つけてとにかく自分の面倒を見させる。勿論現在の規制主は僕だ。  入学の時、僕がうっかり防衛大で医者になとただで医者に慣れてお金ももらえてお得なんて言ったせいですぐさま医学部に転入してきた。そしてそれ以来ずっと僕が彼女の面倒をみている、いや介護をしていると言った方がいい。僕がまじめで先生からの受けがいいことを利用して自分の風よけに利用しているのだ。ヤマオカ君の友人のエフィちゃんにきつくあたったらヤマオカ君が可哀そう。先生がそう考えることを計算している。なんとも恐ろしい相手だった。  エフィはモビルキャリアーを起用に動かしてすぐさま離脱の準備を始める。さすが10の仕事を9までさぼって残りの1で全部やるやる女といわれることはある。言っているのは僕だけだけど。やるとなったら仕事は素早い。 「左四十五度に熱源反応。2人とも敵だ! 」  ふいに切迫したメガネ先輩の声が響いた。 「敵!? 」  素っ頓狂なユフィな声が続く。いやこれ実習だから。 「実習の敵ってことでしょ? 」 「ああ、そうか」  ユフィの安堵した声。しかし 「違う。敵だ。このコンバット…いや、モビルスーツを狙って現れた」  冷静な隊長の声が響いた。  実習は廃墟のモビルスーツを回収するという簡単なものだった。本来なら一般の企業が回収するはずだったが、隊長がモビルスーツの操縦が可能なため実習を兼ねて行うことになった。危険はないはずだった。しかし… 「あれモビルスーツじゃん」  エフィが目を丸くする。 「マジで動いてる!」  動いてる。だけではない。迎撃に向かう他の部隊を難なく切り抜けて真っ直ぐにこちらに向かってくる。友軍が乗っているのも勿論モビルキャリアーだったが反応速度が段違いだ。まるで本当の人間のように柔らかな動きでまるで相手になっていない。 「ニュータイプ」  思わずモビルスーツの語源となったアニメの用語が口に出る。  アニメの中では人の進化した姿がニュータイプとされ、モビルスーツの操縦がとてもうまかったりするが現実のニュータイプはそんな生やさしいものではなかった。モビルスーツを自身の本当の体のように動かせるように脳味噌をいじくり拡張させられた強化人間。それがこの世界におけるニュータイプだった。戦争中はそういう非人道的な行為も普通に行われていた。勿論現在では許されないこうだが。  人型兵器など非効率この上ないが、人型の兵器というのはロマンというものがあるらしく、何とか実践で使えないかと定期的に試作機が考案されていた。大抵は現代兵器以下の玩具でしかないのだが中には例外も存在している。その中の一つコンバットアーマーだ。そしてそれは現在モビルスーツの名が与えられている。それはコンバットアーマーが人型兵器の中で最も実践に耐えうる兵器だったから、もっとも有名な創作物の名前が与えられている。  敵のモビルスーツは友軍のモビルキャリアーを蹴散らし、というか爆散させる。足止めにもならない。 「ねぇ、あれ死んでない? 」  いつも暢気なエフィの声が震えていた。戦争なんてもう100年も起きていない。人が死ぬのを見るのは殺されるのを見るのは初めてだった。 「モビルスーツなんて、ニュータイプなんて、100年前の大戦の技術だ。現代では人道的に許されない」  なんとかユフィを勇気づけたかったけれど、そんな器用なことはできなかった。僕ができることは話を逸らすことだけだった。だけどそうは言ったものの、現実に存在している。そんな言葉は慰めにもならなかった。それに人道的に許されていないということがなんだというのか。許されていないだけで実は強いのかもしれない。 「うろたえるなヤマオカ。現在ではモビルスーツなんて認められていない。それは、脳みそを改造しなくても同じくらいの戦果を出せるモビルキャリアーが存在しているからだ」  僕を叱咤するように隊長が言った。 「でも実際にやられちゃってるよ! 」 「白兵戦をするからだ。モビルキャリアーは近接戦闘をするようには作られていない。相手の土俵で戦うな。幸い俺達とは距離がある! 狙い撃て! 」 「近づかせなければいいってこと? 」  そうは言ってもやはり敵のモビルスーツの動きは異常だった。明らかにモビルキャリアーではない軌道で飛行している。 「そうだ。手も足も人型であることも戦闘兵器としては不必要なものだ。不必要な構造なら反応は鈍くなる。遠距離で撃ち合えば負ける道理がない」  隊長の言っていることは正しい。でも見落としていることがある。それはモビルスーツとキャリアーの性能が互角だった場合だ。敵の動きを見ている限りとてもそうには見えなかった。明らかに敵の機体の方がよい動きをしている。性能は上だろう。 「わかったよ隊長。迎撃するよ、面倒くさいけどね」  僕はそれが喉の奥まで出かかったがなんとか飲み込んだ。隊長もそんなことは分かっているはずだ。それでもそうやって鼓舞してくれている。 「モビルスーツを捨てるという選択肢はありませんか? 奴らの狙いがこれなら見逃してもらえるかも」 「それは俺を捨てようという意味か? 」 「そ、そういうわけでは…」  そういえば今モビルスーツには隊長が乗っているんだった。 「冗談だ。敵は俺達を逃す気はないよ。そう声が言っている」 「声? 」  隊長が何を言っているのか理解できずに聞き返すと敵のモビルスーツが一機、迎撃されたところだった。 「あたった! 」  やったのはユフィだった。 「まじか」  隊長が驚きの声を上げる。  ユフィは天才肌で、10のうち9までさぼって残り1で全部やってしまう。でもまさか… 「2、3、4…」  モビルキャリアーの操縦まで、狙撃の腕までそうだとは。敵が砲撃を避けた軌道まで計算して確実に落としていく。おそらく標準が合うまで待っていない、勘で撃ち落としているのだ。 「モビルスーツの操縦に適した脳に改良されると、先を読むことができる。人の意志を感じ先読みして行動できるようになる。ユフィはそれを利用して思考でフェイントをかけているのか? 」  隊長が唸り何か理解できない独り言をつぶやいている。  理解はできないが、何かとんでもないことをやらかしているということは分かった。  ・・・ 「…マオカ! ヤマオカ! 」  声が聞こえる。どこかで聞き覚えのある声だ。らしくない焦った、鼻水混ざりの声。通信機越しなのだろう、超えにはノイズが混ざっている。 「ユフィ…? 」 「よかった! 生きてた! 」  歓喜する彼女の声。何をそんなに喜んで…そう思った時腹部に激痛が走った。見ればそれは、見るも無残なありさまだった。そうだ、僕は… 「隊長は? 」 「隊長はあの黒いモビルスーツと戦ってる」 「じゃあ、君もいかなきゃ」 「でも…」  何を迷っているんだか。 「僕は大丈夫。自力で帰還できる」  僕はそういうと彼女の機体の背中を押した。 「本当に大丈夫なんだね? 」  ユフィは心配そうに何度か念を押すと、ようやく隊長の元へと飛び立った。  腐れ縁もここまでかな…  僕はぼやける視界の中で、その白いモビルスーツが雪の中に溶けていくのを見送った。それが僕の最後の記憶だった。
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