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3話 緊張のミーティング
お茶会が開かれた翌日の放課後、わたし達は及川さんに案内をされながら演劇部の部室へと足を運んでいた。わたし達弱小文芸部とは違って、強豪演劇部の部室は大きくて神聖されているかのようなキレイな部室だ。そしてわたしが一番に驚いたのは部員数だ。わたし達、文芸部は全学年を合わせて十人ぐらいだが、そのほとんどが幽霊部員だ。実質部員なのはわたしとつぐみぐらいだ。部長副部長も部誌の打ち合わせなどには顔を出すけれど、基本的に部室で活動することはない。本人達的にはあまり集中が出来ないとのことであった。そのためかわたしとつぐみの溜まり場みたいになってしまっている。それはそれでわたし達もやりやすいと言えばやりやすく感じさせていただいている。わたしもつぐみも人が多いところは好むタイプではない。静かなところでひっそりと活動をしていたい人間なのだ。だからこそ、演劇部の雰囲気に面喰ってしまう。大きく目を見開いていると、及川さんはニンマリと笑っていた。
「驚いた? 全学年を合わせたら、だいたい一クラスは出来るかな?」
「す、すごい。ひっそりと活動している文芸部とは大違い」
「ひっそりって。部誌とか出しているじゃない。川原さんの小説評判いいよ」
「そ、そんな。みんなお世辞で言ってくれているだけで…」
「お世辞なんかじゃないよ。前にも言ったかもしれないけれど、川原さんの言葉や文章ってすごく優しくて暖かいんだよ」
自分の言葉や文章を褒めてくれるのは、素直に嬉しいけれど、やはりどこか照れくさく感じてしまう。わたしは顔を赤くしてうつむいた。それを見た及川さんがけたけたと笑っていた。
「川原さんって、本当に可愛いよね。なんか妹にしたいって感じの可愛さ」
「それ褒めてないですよね…」
「ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだけどね」
「同級生から妹みたいって言われるのが、あまり好きじゃないんです」
「そうなんだ。松嶋さんもそういう風に関わっているのかなと思っていて」
「つ、つぐみは初等部からの親友ですから」
「そっか。関わって来た時間には敵わないね」
及川さんは酸っぱそうに笑みをこぼしていた。なぜそんな笑顔を浮かべたのかが、今のわたしにはわかることは出来なかった。演劇部の部長さんから「ミーティング始めるよ」という声かけにわたし達は、空いている席に座って、始まるのを待機していた。さすが演劇部の部長副部長ということもあって、とても華があってとてもキレイで、つい見入ってしまう。
「うちの部長、すっごく美人でしょ」
「う、うん。文芸部の部長さんも美人だと思うけれど、なんだか華があるって感じがする」
「華がある。川原さん、面白いね。確かに、ドンッと構えているときってすごく煌びやかな感じがする」
及川さんは感心するように部長さんのことを見た。
彼女の部長さんへの視線は憧れのようなものを感じさせるようにキラキラをしている。
「夏美はね。部長に誘われて、演劇部に入部したのよ。まぁ、わたしはおまけな感じで入部したんだけどね」
高岡さんは少し嫌味交じった笑顔を浮かべているけれど、どこか楽しそうに見えた。及川さんと高岡さん、二人は親友同士ではあるけれど、どこか不思議な感じがした。及川さんは高岡さんの前では素の様子ではあるけれど、高岡さんはどこかよそよそしいというかどこか仮面を被っているように感じる。わたしの思い過ごしかもしれないから、なんだか確かめる勇気がなかった。及川さん自身はどんな風に感じているのだろうか。人の間柄に口出しすることは野暮なことだし、それに失礼なことだ。だからこそわたしは余計に心の中に霧をかけてしまっている。
「何かしら、川原さん」
「い、いえ。及川さんと高岡さんって、本当に仲がいいんだなぁって思って」
「まぁ長い付き合いだからね」
彼女達も初等部からの付き合いだ。
わたしが知らない時間があって当然だ。それなのに、どうして胸がツンとするのだろう。
「あなたが川原葵さん?」
突然、声をかけられてビクッと肩を震わせた。顔を上げると、そこには演劇部の部長さんが立っていた。間近で見ると、より凛とした雰囲気を感じさせられる。わたしは声を出すことを忘れて、ぎこちなくこくこくと頷いた。
「そんなに緊張をしなくてもいいよ。あたしの名前は山梨佐江子。よろしくね」
「え、えっと…。か、川原です。よ、よろしくお願いします」
「ウワサで、なんとなく知っているわ。聖緑華女学院の樋口一葉とかなんとか。それに及川達からはとても可愛らしい子だって」
山梨先輩の言葉に、体が急激に熱くなった。同級生から言われる可愛らしいと上級生から言われる可愛らしいはなんとなく違う気がする。同級生からの可愛らしいは単純に可愛いという意味合いであって、上級生からの可愛らしいは妹で子ども扱いされているように思える。自分勝手な見解なのはわかっている。やはり気にしてしまう自分がいる。赤くなった顔を隠すようにうつむいた。
「本当に赤くなった」
山梨先輩のクスクスと笑う声がより体を熱くする。恥ずかしくて仕方がない。
「あの、うちの子をイジメないでもらってもいいですか。葵、あまり人と話すの苦手なんで」
「キミは確か松嶋つぐみさんだね。キミのことも聞いているよ。川原葵さんの人気者にした立役者なんだってね。そのプロデュース力を演劇部にもほしいね」
「すみません。あたしは悪魔で小説が好きなだけなんで。申し訳ないのですがお断りさせていただきます」
「それは惜しいな」
山梨先輩は悔しそうな笑みを浮かべているのに、どこか嬉しそうな表情のように見える。及川さんのことを誘う人のだけはある。
「さっそくミーティングに参加させていただくんだけど。固くならずに積極的に意見出してもらってもいいから。まぁ最初は難しいかもしれないけれどよろしくね」
「お、お手柔らかにお願いします」
「固くならなくていいって言っているのに」
笑みをこぼしつつ、山梨先輩は教壇のほうへ歩いて行った。
彼女が前に立つと、雰囲気がらりと変わった。彼女が部屋に入って来たときも緊張感が増したように見える。そしてわたし自身もその一人であった。きちんと息が出来ているかよくわからない状態だ。
山梨先輩が今日のミーティングの議題を上げて、話しが進められて行った。コンクールで公演する『演劇のジャンルはどうするか』、『テーマはどうするか』、『どのような物語にするか』を黒板に議題を書かれている。わたしは事前に配ってくれていた例年の資料に目をやった。我が校の演劇部は創作にこだわっている様子で、毎年演劇部で打ち合わせを重ねて物語や演出を話し合っているとのことであった。いつもは脚本担当が書いていることであったが、今回は新しい風を入れたいという山梨先輩の意見からわたしに白羽の矢が立ったというわけだ。本当に関わってもいいのかは不安あるけれど、信頼して頼んでくれているので、お互いに納得が出来るものにして行きたいと思う。徐々にそんな気持ちが芽生えていた。演劇部のみんなに後悔する道を進んでほしくないから。そしてわたし自身が自信を持てるように。
ジャンルを話している中、わたしは恐る恐る手をそっと上げた。山梨先輩はわたしの手に気がついてニコリと笑みを浮かべた。
「川原さん。なんでしょう」
「え、えっと。そのジャンルってわけではないんですけど…。えっと、わたし、人と人の繋がりと言いますか。人の暖かいものを書きたいです。わたし個人の考えかもしれないんですけど、やっぱり観てくれている人に暖かい気持ちになってほしいです」
「川原さん、ありがとう。質問なんだけれど、川原さんが言う、人の暖かいものって何?」
「そ、それは…その。独りで苦しいときに、そっと寄り添ったり、ぶつかったりしたりしても離れたりしないことですかね。その…すみません、在り来たりで…」
「謝らなくてもいいわよ。川原さんの作品をそういう暖かいものが多いものね」
読んでもらえているのだと思うと、嬉しいはずなのに、恥ずかしくて、より体が熱くなっていく。顔をまっ赤にしながら着席した。つぐみはナイスガッツと言いたげにグッとやっていて、わたしはそっと肘で彼女のことを突いた。もっとわたしに出す雰囲気をみんなにも出せばいいのにと思ってしまうけれど、でも他の人と仲良くしているところを考えると、少し心にモヤッとしまうのは何故だろう。他の誰かに取られてしまうと、やはり寂しいからだろうか。
演劇の内容は、わたしの意見が軸に話しが進められていった。テーマは人との繋がりで、ジャンルは青春ものとなった。両親の死がきっかけになった独りぼっちになった女の子が、越した先でたくさんの人の支えてもらい、笑顔を取り戻して行く話しだ。シンプルな話しだけに生かすもの殺すもわたしにかかっている。正直、恐いと思ってしまう。でもわたしは独りではないことをわかっている。深く息を吸い、ゆっくりと息を吐いた。ぼんやりと霧がかかる視界が少し晴れ、周りが見えてくる。躓いたときはつぐみや及川さん達に相談をすればいい。そうしたら、自分だけでは見ることが出来ない世界を見ることが出来る。
ミーティングが終わり、部員達はそれぞれ発声練習や体幹トレーニングなど別れて行った。わたしはつぐみと脚本担当の人達と演劇部の部室に残って、プロットを作成していた。ミーティングで話されたテーマ、ジャンル、あらすじをパソコンに文書ソフトに書き込んで、より物語を膨らませていった。普段関わらない人とこうして一緒に物語を膨らませるなんてないから、緊張するけれど、楽しく思っている自分がいる。
「普段、川原さんと話す機会がないから嬉しい」
「そう…ですか。わたしと話せても楽しくなんてないですよ」
「楽しそうだから話したいわけじゃないよ。川原さんってあまり人と話さないからミステリアスというかクールな人なのかなって思ってたから」
脚本担当の子がそう話すと、つぐみがフッと笑みをこぼした。普段、わたしにしか見せない笑顔を浮かべる。わたしはムッとし、つぐみの脇腹を突いた。
「ごめんって。葵がクールって言われると、可笑しくって。ただ人と話すのが苦手ってだけだよね。それにミステリアスって誰かさんに言われてたよね」
「及川さんでしょ。恥ずかしいこと思い出させないでよ」
お茶を急いで飲んで咽てしまったことを思い出してしまい、体が熱くなった。わたしは恥ずかしくなって、赤くなった顔を隠した。周りはそれを微笑ましそうにクスクスと笑う声が聞こえてきて、余計に体が熱くなってしまう。
「川原さんもそうだけれど、松嶋さんって話しやすいね。川原さんと一緒にいないときは一匹狼って感じがしていたし」
「別にあたしは群れるのがあまり好きじゃないだけだし。それに葵とは初等部からの親友だから」
「十年来の親友ってこと。素敵」
「別に利害一致してるだけだから。関わるのが苦手な人間と関わるのが好きじゃない人間が一緒にいるだけだから」
わたし達の関係にキラキラした目を輝かした子達につぐみは一刀両断していた。もっとソフトに言えばいいのにと思ってしまうけれど、つぐみらしくて安心している自分がいる。笑みをこぼしつつ、脚本のプロットの第一稿を完成させることが出来た。及川さん経由で教えてもらった山梨先輩のメールアドレスへデータを送り、パソコンを閉じた。正直、部誌以外で書くのが初めてで、心臓がバクバクと踊っている。脚本担当の人達にも手伝ってもらったけれど、正解があるものではないから不安が胸に募らせてしまう。だけど一人で作っているわけではない。それだけを覚えておけばいい。一息ついたその刹那、部室のドアがガラリと開かれた。そこには息を切らしながら立っている及川さんがいた。わたし達は驚いた様子で「大丈夫?」と声をかけた。及川さんは笑みを浮かべながら「大丈夫大丈夫」と言いながらこちらへと歩いて来た。
「もしかしてプロットっていうやつ作るの終わっちゃった?」
「つ、ついさっき第一稿を作り終えて山梨先輩に送ったところだけど」
「惜しかったか。川原さんが作っているところを見てみたかったんだけどな」
「そ、そんな。主役の人が気にすることじゃないよ」
「友達としても見てみたいんだよ」
友達として一緒に作りたかったということだろうか。そこまで一生懸命になってくれるとは思ってもらえているのは素直に嬉しいことだ。
「じゃあ、今度は相談に乗ってね」
「おっ、もしかして頼りにしてくれてる?」
「頼りにしてるよ。それとスカートの裾は乱さないこと。乙女の心得だと先生達に怒られちゃうよ」
「承知しました」
及川さんが笑顔で敬礼していて、心の底から笑ってしまった。本当に可笑しな人だ。さすが演劇部の王子と呼ばれるだけの人だなと思ってしまう。彼女は良くも悪くもうちの高校の雰囲気とは違っているように見える。聖緑華女学院の生徒のほとんどが社長令嬢でお淑やかでのんびりとした雰囲気で、わたしと同様に箱入り娘と呼ばれる人が多い。その点、及川さんは自由奔放というか、自分らしく過ごしていると言うのが相応しいのだろうか。他の生徒にはないものを彼女は持っている。だからこそ憧れの的になるのだろうか。わたしには到底出来ることではないだろう。
「ねぇ、修正依頼の連絡待ちならば、このあとお茶に行かない」
及川さんの誘いに、わたし達が目を見合わせていると、「それで体重が増えたら部長に怒られるのは誰かしらね」と冷ややかな声音が聞こえ、及川さんは表情を引きずらせて「あたしです」と返答していた。及川さんに対し、このような対応をするのは他の誰でもない高岡さんだ。いつもの光景なのか脚本担当の人達は微笑ましそうに笑みをこぼしていて、まだ見慣れていないわたしは肩をビクッと震わせてしまっていた。つぐみはそれが可笑しかったのか笑いを堪えるのに必死のようであった。そんな彼女にわたしは彼女の脇腹を肘で突いた。完全にではないけれど、つぐみは少し丸くなった気がする。親友として嬉しいことだ。自然と頬が緩んでしまう。今度はわたしのほうが脇を肘で突かれてしまった。わたしはごめんごめんと手を合わせた。
「二人は本当に仲がいいね。なんか焼けちゃうなぁ」
及川さんがまじまじと言うからわたしの体が熱くなって赤く染まった。言われ慣れない言葉を言われると赤くなる体質をどうにかしたい。顔を隠すわたしにみんなが微笑ましそうに笑っている。余計に全身が赤くなっただろう。
「川原さんって本当に可愛らしい人だね。そうやって顔を隠すところとことか、本当に女の子って感じがして」
「もうからかわなくていいから」
わたしの必死の反論も、彼女達には余計に可愛らしいという風に思われてしまうだけだ。唸ることしか出来ないでいた。でも徐々に話せるようになって行けるのはまだ難しいところはあるけれど、嬉しいことだ。ひょんなことで縁というものは結ばれて行くんだなと実感するばかり。わたしは赤面しつつも、クスクスと笑い合った。少しずつだが、高校生活に色が染まって行く。これからの生活がどんな風に染まっていくのか。ワクワクしているのは、みんなには秘密だ。心の底からみんなと笑い合った。
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