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4話 すれ違いと告白
演劇部のミーティングの翌日、わたしは文芸部の部室で脚本を執筆していた。つぐみはわたしの向かい側に座って、過去の部誌を静かに読んでいた。静寂が流れる部室にただただキーボードを打つ音だけが響いていた。いつもの日常のようで、心地よく感じる。わたしが小説を書いて、つぐみはそれを読んで書評する。わたし達の何気ない日常が楽しく思えていた。数日なかっただけなのにすごく懐かしく思えてしまう。微かにオレンジ色に染まる部室。わたしは頬杖をついて、軽く一息ついた。
「どうしたの。詰まった?」
「ううん。なんだかつぐみと二人っきりが懐かしいなぁって思ってね」
「数日間なかっただけじゃない。おばさん臭いこと言わないでよね」
「おばさん臭いかぁ。まだ女子高校生なんだけどなぁ」
冗談とわかっていても、しょんぼりとしてしまう。確かにそう言われてしまうことは発言してしまったけれど。しょんぼりとする様子を見てつぐみはクスクスと笑い始め、わたしはムッと彼女を見た。
「ごめんって、なんか可愛くてさ」
「褒めてないよねそれ」
「褒めてますとも」
「褒められてる感じがしない…」
可愛いや可愛らしいと言われるのを卒業したいものだ。しかしわたしがどんなに努力しても纏わりついて来る言葉だろう。それが悔しくて情けなく感じてしまう。わたしが力なく肩を落とす姿を見て、つぐみは再度クスクスと笑い始めた。反論や睨みつけをしても彼女の思うつぼだ。こちらが降参をするしかない。痴話げんかをしても勝てる自信がない。一人っ子のわたしにとって彼女は姉のような存在で、気軽に話せる数少ない人物だ。だからこそ自分の突かれたら痛いところまで知られている。わたしが突こうにも先手必勝でつぐみに攻め込まれて、自分が言い負かされてしまう。今までつぐみのことを言い負かせたことなんてないだろう。言い負かせようとは考えたことはないけれど、悔しく思ってしまう。
「つぐみはさ。わたしのこと、どう思ってる?」
「どうって。親友であたしにとっての作家かな。あたしが知らない世界を葵が見せてくれているみたいな」
「作家ってほどじゃないよ。全然プロの作家と比べたら陳腐に等しいよ」
「まったく相変わらず葵は自分に自信がないんだから。あんたは人を惹き付けるだけの力があるの。それは自分で証明してるでしょ。緑華女学院の樋口一葉だとか言われてるんだから」
「それはそうみたいだけれど…」
つぐみがこんなにも認めてくれているのに、どうしてわたしは自分に自信を持つことが出来ないのだろう。罪悪感に胸のあたりが苦しくなる。わたしは静かにパソコンを閉じ、落ち込んだ顔を隠すようにうつむいた。いつだってそうだ。言葉に詰まると、いつもうつむいてしまう。文章にするときは言葉が自然と出て来るのに、口にするとなると蓋が閉められたかのように出て来なくなってしまう。悔しくて情けなくてつぐみの顔を見ることが出来ず、わたしは「先に帰るね」と逃げるように部室から退室をした。こうしてつぐみから逃げ出すことなんて初めてのことだ。今の自分に彼女と一緒にいる資格なんてあるわけがない。こんなに弱くて泣き虫なわたしなんかと一緒にいたら余計に迷惑をかけてしまう。わたしはそんなことをしたくはない。迷惑をかけたくないという思案しているのに、わたしは彼女から逃げるように部室から出てしまっていた。でも今は戻る勇気なんてありやしない。わたしは速足を徐々に緩め、昇降口のところで立ち止まった。泪がぽろぽろとこぼれ落ちて行った。弱い自分がとてつもなく情けなくて仕方がなかった。
「川原さん?」
聞き覚えのある声に尋ねられ、わたしはゆっくりと振り返ると、そこに及川さんが心配そうな表情を浮かべていた。心配かけまいと必死で泪を拭おうとすると「無理に平気を装うとしなくていいよ」とわたしを優しく包み込んだ。このようなところを他の生徒に見られてしまったら、及川さんに迷惑をかけてしまう。離れようとするが、よりギュッと包む手に力が入る感じがした。
「泣いている顔を誰だって見たら心配するよ。松嶋さんと何かあった?」
「ううん。わたしが悪いの。いつまでも自信を持てないわたしが悪いから。つぐみがわたしのことを信じてくれているのに。だからわたしが悪いの」
「何があったかはわからないけれどさ。そんなに気にすることじゃないと思うよ。松嶋さんは確かに不器用な人なのかもしれない。だから伝え方を間違えてしまうのかもしれない。今までもそうだったんじゃない。それでも二人はこうしてずっと親友でいられているじゃない」
「…及川さん、わたし…」
わたしはまるで小さな子どものように泣き出した。そんなわたしを及川さんは優しく包んでくれていて、落ち着くように、まるで羽で擦るように心地よく撫でてくれていた。冷たくなっていた心が少しずつ暖かくなっていく。気持ちも落ち着いていき、視界もはっきりとして来た。顔を上げると、及川さんはお日さまのような笑顔を浮かべて「落ち着いたかな?」と声をかけられ、わたしは頬を微かに赤く染めつつも小さく頷いた。不思議な人だ。関わるようになってから、そんなに時が経っていないというのに、こんなにも信頼することが出来ているなんて。自分らしく過ごしている人だからだろうか。ファンが多いのに納得がいく気がする。今だけはと思い、わたしは彼女に身をまかせることにした。及川さんはそれが嬉しく感じたらしく包んでくれている手に少しだけ力がこもった気がした。彼女の温もりや優しさが心地よく感じている自分がいた。そんな風に感じるのはつぐみだけかと思っていたのに。わたしはなんて最低な人間なのだろう。こうしてつぐみのことを裏切る行為をしている。
「ねぇ、川原さん。少し時間ある?」
「は、はい。大丈夫です。」
「少しお茶しない。もっと川原さんのことを知りたいし、あたしのことをもっと知ってほしい」
「わたしのことなんて…、そんな…、恐れ多いと言うか」
「なんで、あたし達、友達じゃない。そんなにかしこまらなくてもいいんだよ。もっと肩の力を抜いても大丈夫だよ。それで川原さんのことをキライになんてならないからさ」
及川さんはわたしに向けて屈託のない暖かい笑顔を浮かべた。彼女の笑顔には特別な魔法がかかっているのだろうか。不思議とこちらも気持ちが軽くなっていく気がする。わたしは及川さんからの誘いぎこちないながらも頷き、一緒にお茶することとなった。わたし達は靴を履き替え、学校をあとにし、緑が多い道なりを二人でゆったりと歩いて行く。いつもはつぐみと一緒に歩いていた道。今、わたしの隣には彼女はいない。その事実がとてつもなく大きいものだと気づかされる。わたしは何度も隣の人物を確認してしまう。そこにいるのはつぐみではなく及川さんだ。
「これから行くお店ね。美優とも行ったことがないお店なんだ。一人になりたいときによく行くんだ」
「えっ? 初めて一緒に行く人がわたしでいいの? 高岡さんのほうが付き合いが長いし親友なのに」
「うん。川原さん、物静かだし素朴さって言うのかの。お店の雰囲気に似合いそうだなって思っていて。美優だと、ザお嬢様って感じで上品さがあって浮いちゃうんだよね」
「及川さん。そういう言い方よくないと思う。確かに高岡さん、お淑やかでわたしとは比べられないぐらいの上品さあるけど。もっと親友を大切にする言い方してほしい。えっと…その…ごめんなさい。偉そうなこと言っちゃって」
「ううん。あたしの言い方が悪かったね。浮いちゃうとか失礼な言い方だよね」
「親友なのに共有してくれないのは寂しいし悲しいよ」
「そうだよね。今度、美優と一緒に行ってみるよ。川原さん言ってくれてありがとう」
「わたしもつぐみを誘ってみようと思う」
「絶対に気に入ると思う」
及川さんは自信満々な笑顔を浮かべ、わたしの手を力いっぱいに握りしめた。わたしも彼女につられて笑顔を浮かべた。
「及川さん。わたしもね。謝らないといけないことがあるの」
「何?」
「校門から出てからね。どうして隣にいるのがつぐみじゃないんだろうって思っちゃっていたの・せっかくお茶を誘ってくれていたのに。本当にごめんなさい」
「なんだ。そんなの当たり前の感情だよ。それだけ二人は強い繋がりで結ばれているんだから」
「及川さん優し過ぎるよ…」
「褒め言葉として受け取るね」
及川さんは二ッと笑い「行こうか」とわたしの手をそっと引いて歩き始めた。
どうしてなのだろう。胸のあたりが暖かく感じてしまうのは…。初めて感覚で戸惑っている自分がいる。つぐみと一緒にいるときとはまた違う暖かさ。ぽわぽわだったりほっこりとも違う。なんというか心の底から迸るというべきなのか。暖かく熱い感じ。及川さんにバレないようにしなくてはと必死に隠そうとうつむいたりしたりしているが、意識すればするほど変な汗が出てしまう。
――また心配かけるのはなぁ。申し訳ないし。
わたしの心配をよそに、及川さんは笑顔でまっすぐ見ている。わたしと違って、彼女にはきちんとした芯を持っている。だからこそ簡単にはぐらついたりはしないのかもしれない。見習いたいぐらいだ。しかし気にしているのがわたし一人というのは、なんだか寂しい気もする。
気持ちが落ち込みつつ、彼女のあとをついて行くと商店街に出て、その賑やかさに驚かせながら道を進んでいくと、そこは昔ながらの雰囲気を感じさせる純喫茶が営業されていた。まるで物語から飛び出したかのように歴史を感じさせれら、なんと言うべきか文豪がお忍びで来店しているのではと思わされてしまう。看板には『純喫茶向日葵』と筆字で書かれている。
「いい雰囲気でしょ。川原さん、好きかもって思ってね。案内したんだ」
「うん。すごく好きな感じ。昔ながらの雰囲気があって、胸がドキドキしている」
「でしょでしょ。あたしもそれに惹かれたんだ。昔ながらのがなんかいいんだよね」
「なんか意外。及川さんって、もっとおしゃれなお店に行くと思ってたから」
「ギャップ萌えってやつ。川原さんに感じてもらえるのはすごく嬉しいな」
「どうして…?」
「だって及川さん、あたしのことを最初から普通に接してくれていたじゃない。噂程度しか聞いていなかったからかもしれないけれどさ。確かに最初は緊張しているなとは思っていたけれど、引っ込み思案な人なんだって、なんとなく知っていたから、逆に安心している自分がいたんだ」
「だって及川さんだって普通の女の子じゃない。別にその…特別扱いしなくちゃって思わないもの。でも演劇部のスターって呼ばれている人が何か用かなって少しだけ緊張したけど。だってあんな弱小文芸部に来やしないもの」
「そんな卑下しなくてもいいのに。及川さんの小説のおかげでみんなに部誌が届いているのに」
彼女の言う通り、わたしの小説が好評らしく文芸部の部誌が校内で読み回っているという話しはつぐみからなんとなく聞いていた。だからと言って、なんらかのコンクールで賞を取ったというわけではない。天と地の違いだ。天の人達がわざわざと地のもとへやって来て、コンクールの脚本の依頼をしてきたのだ。まるで明日地球が滅んでしまうのではないかと言えるぐらいの出来事であった。
及川さんの「入ろうか」と声をかけられ、わたし達は純喫茶ひまわりへと入っていった。なんとなく聴いたことのあるジャズのBGM、映画に出て来そうなレトロな雰囲気をより感じさせるテーブルの数々、カウンターにはマスターと思われるおじいさんがコーヒー豆をひいていた。おじいさんがこちらに気がついて笑顔で「いらっしゃい」と歓迎された。わたし達はカウンター席の近くにある二人用に席に座りメニュー表を広げた。いろんな種類のコーヒーやソフトドリンク、軽食そしてデザートがかかれていて、ただそれだけのことなのに心が躍っている自分がいる。普段立ち寄らない喫茶店で見ているからだろうか。わたしはカフェオレを注文をし、及川さんはブレンドを注文をしていた。
「他に注文しなくてもいいの?」
「う、うん。あまりおこづかいも残っていないし」
「そんな。誘ったのはあたしなんだから奢るよ」
「で、でも…」
「遠慮しなくてもいいよ」
「じゃ、じゃあ、その…、チョコレートパフェ…」
「川原さんは甘いものが好きなんだね」
及川さんは二ッと笑って、チョコレートパフェを追加で注文してくれていた。同級生に奢ってもらうなんて初めてのことで申し訳なさがとてつもなく大きく感じてしまう。
「そんな顔しないでよ。あたしがそうしたいって思っているんだから」
「うん。ごめん。わたし、友達に奢ってもらうことに慣れていなくて。申し訳なくてなっちゃって…」
「川原さんらしい理由だね。そういうところあたしは好きだな」
「及川さん、そんなこと言ってたら、勘違いしてしまう女の子出て来ちゃうよ」
「確かに何人かに告白されたかも。言葉に気をつけます。川原先生」
「その呼び方やめて。そんな大層な人間じゃないから」
わたしのその言葉に及川さんは少し考える様子を見せたあと、すぐに口を開いた。
「川原さんさ。コンクールに小説投稿してみたら。そしたら自分にも自信がつくんじゃないかな。それに弱小文芸部だって思えなくなるんじゃないかな」
「でも…。わたし一人で動いても…」
「川原さんはいつも『わたしなんか』って思っているでしょ。でも自分が思っている以上に魅力的なんだよ。自分では気づきにくいかもしれないけれど。あたし、滅多に小説を読まないけど。川原さんの小説、すごく好きだよ。とっても暖かくて優しくて。なんだか救われた気がするんだよね」
「なんだかつぐみにも同じこと言われた気がする。わたしね、つぐみに言われたんだ。あなたはあたしの作家なんだって。褒め過ぎだって思ったんだ。プロの作家さんと比べるとやっぱりって思っちゃうんだよね」
「そんなの当たり前だよ。だってあたし達はまだまだ女子高校生で子どもなんだから未熟なのは当たり前。そんなこと言っていたら、あたしだって台詞棒読みだよ」
「そ、そんなこと…」
わたしは言葉を詰まらせた。
及川さんの言葉を否定してしまったら、自分が言っていることと矛盾してしまうからだ。
わたしは何も言えずに彼女のことを静かに見つめていた。反論することが出来ない自分に虚しさとつぐみに対して辛いことをさせてしまっていたという罪悪感を思い知らされる。自分がどれだけ最低なことをしていたのか。反論してあげたいけれど、そのことで余計に相手を傷つけてしまう。あのときつぐみも同じことを考えたのだろうか。つぐみはわたしのためにたくさんサポートをしてくれていた。それなのにわたしは彼女に何もしてあげられていない。彼女のためにわたしは何が出来るのだろうか。
「川原さん、もっと気楽になっても大丈夫だよ。それぐらいのことで松嶋さんがキライになったりはしないからさ」
及川さんの言葉に、つぐみと初めて話した日のことを思い出した。あの日も同じことを
言われた。『もっと気楽に行きなよ』誰かと話さなくてはと気負っていたころ、体育でペアになったときに言われた言葉だ。わたしはいつもくよくよと考えて臆病になってしまっている。あのときも臆病で人に気を遣い過ぎていたわたしに、つぐみは無理していることを気づいていてくれていたのだ。彼女は決して人嫌いというわけではない。ただただ一人が好きというわけだ。だからこそ無理して人と話しているわたしに対して苛立ちを覚えたのかもしれない。あの体育の授業のあと、わたしはつぐみに勇気を出して声をかけるようになった。最初は素っ気なくされていたけれど、いつしか心を開いてくれるようになり一緒に帰るようにもなっていった。中等部に上がったころだっただろうか。つぐみから小説を書いてみたらと勧められたのは。お互いの共通の趣味だったのが読書だった。引っ込み思案なわたしにとって文章にしたほうが言葉にしやすいんじゃないかや夢見がちだったから物語にしたら面白いんじゃないかとつぐみに言われ、わたしは物語を綴るようになった。最初は分かりづらい、読みづらい、脚本みたいだとダメ出しを受け続けて、なんとか形にはなるようにはなったと思う。
「及川さん、わたし、もっとつぐみと向き合ってみようと思う。そしたらもっと自分に自信が持てる気がする」
「うん。応援しているよ。川原さんと松嶋さんの友情は本物だって信じてるから」
「ありがとう。でもどうしてそんなに良くしてくれるの…?」
「それは…ね」
及川さんは少し困った表情を浮かべて、頭を掻き出した。
何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。胸のあたりがギュッとなった。『ごめんなさい』と言いかけたときに彼女の口が開いた。
「あたしね。初等部のときから川原さんのことを知っていたんだ。愛らしくてキレイで、触れてしまったら消えてしまいそうなぐらいにか弱そうな川原さんのこと。でもね、なかなか声をかける勇気がなくて、ずっともどかしさがあったんだよね。どうしたらあの子に声をかけられるんだろう。どうしたらあの子のことを守れるんだろうって。いつもそんなことを考えてたんだ。ウジウジしてたときに松嶋さんが現れたんだ。少しずつ笑顔が増えていって。なんでもっと早くに行動が出来なかったんだろうって後悔することもあったな。それぐらいあたしにとって川原さんの存在が大きかったんだ。高等部に上がって、文芸部の部誌に川原さんの小説を読んで、とっても暖かい人なんだって思ってより存在が大きくなった。……川原さん…、あたし、あなたのことが好きなんだって気がついたんだ。女の子同士なのに変だよね。だけどね川原さんの小説を読んでいくうちにその気持ちが膨らんでいたんだ」
突然の及川さんからの告白に、わたしは思わず見開いた。
及川さんは緑華女学院に至ってのスターだ。そんな人が初等部から自分のことを知ってくれていたという事実、そしてわたしに対して恋情を抱いてくれていたという事実。その二つの事実にわたしは驚きを隠すことが出来なかった。わたしはぎこちなくお冷を飲んだ。頭の中がパニックになって考えがまとまらなくなってしまった。初等部から知っていて、それでわたしに恋情を抱いてくれていてと頭の中がぐるぐると回っていった。彼女に上手く答えを返すことが出来なかった。わたしは顔を見ることが出来ず隠すようにうつむいた。そんなとき沈黙を破るようにガチャと何かが置かれる音がし、わたしは思わず顔を上げた。そこには先程注文をしたカフェオレとチョコレートパフェが置かれていた。おじいさんの顔を見ると、その人はニコリと笑みを浮かべた。
「お嬢さん。そんなに思い詰めなくても大丈夫ですよ。あなたはあなたのペースで彼女の想いに応えてあげればいいんですよ。真剣に答えを考えて伝えたならば、きっと伝わりますよ」
おじいさんは笑みをこぼしたまま会釈をし、カウンターのほうへと戻って行った。
及川さんのわたしに対しての答えをきちんと向き合わなくてはならない。わたしは及川さんのほうへ向き直し視線を合わせた。
「及川さん、わたし、今すぐ及川さんの気持ちには答えることが出来ない。自分の答えに雲がかかっているのに、返事をしてしまったら、あなたに失礼だから」
「うん。ありがとう」
「だけど、好きだって言ってくれたのはとても嬉しかったよ」
「もう汗がすごい」
二人で笑い合い、わたし達はコーヒーを口にした。
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