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渡された脚本を開くと、そこには近未来が待っていた。透明のドームに覆われた世界で人々が暮らし、雨はドームの外側で浄水され配水されている。海底に設置された刑務所で主人公が脱獄を図るシーンから始まる物語は、SFファンタジーに分類されるだろう。
問題の雨のシーンは、劇半ばにあった。
ミュージシャンとして一躍有名になった主人公〈ケンジ〉が、成功の裏でしてしまった過ちに苦悶し、一人ドームの壁に凭れるシーン。機械化された導水のおかげで、ドーム外で滝のように流れる雨はどこにも衝突することなく、水道管を流れていく。〈ケンジ〉はじっと見つめたままで台詞はない。無音で直線を描く雨の軌跡が、主人公の心情と重なるのだろう。
「どう? どんな音楽が合うかな?」
「……主人公がこの後極刑になるとか、かなりヘビーな話だね」
「あはは。まさに不協和音かもね」
なかなかの悲劇に対して、演出のさやかはからりと笑う。隣で私以外の音響係、高1のさくらちゃん、愛称・サフランちゃんが笑って良いものかはにかんでいる。聞けば、音響担当の先輩が受験学年で引退したためスタッフが不足、私の参加はピンチヒッターということだ。
「この時どんな風に悲しいのかな」
「そうそう! 嘆き苦しむのを、降り続く雨の音で表現したいんだ!」
「えっと、いいですか? 悲しいって表すのも、色々ありますよね」
サフランちゃんは思ったより積極的だ。言う通り、解釈次第で選ぶ〈雨の音〉は変わってくる。
「そうだね、ザーザー激しいのか、しとしとと募るようなのか、ポツポツと溢れる感じなのか……どれなのかな」
もう一度、脚本の該当箇所を読み直し、頭の中でシーンを浮かべて音を当て嵌めていく。ドレミファソラシド、音階だとどれだろう、長調ではないけど短調は安易すぎる、倍音はあるのかメロディならリズムは?
実際の雨のように衝突音ではなく、流れていく雨は主人公が恋人を裏切った時の心そのものだから。
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