記憶の片隅にある雨雲

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「……ごめんね」 数年前と同じ声音で呟いた。まただ。そうやって言えばいいと、思ってる。 「志音がいるなんて、夢に思わないじゃない」 嫌いだ。そうやって綺麗事ばっかり並べて自分を美化して、正当化して、何も、何も分かっちゃいない。 「もう私行くので」 「待って、志音」 久々に呼ぶその名に酷い頭痛がした、のに。 頭の上に暖かい手の感触があった。目から生ぬるい滴が落ちていたようだ。 頭の上の温かさが、やけに鬱陶しかった。鬱陶しいのに、目から滴がこぼれ落ちて止まらない。 「誰かの迎え来るの?」 「……多分来ない。お父さんに連絡入れようと思ったら電池きれた」 「じゃあどう帰るの?電車もないでしょ……?」 「……知らない」 「この辺暗いし危ないのよ」 「別になんでもいい」 「何言ってんの……。 今から連絡してあげるから待っててね」 「連絡しなくてもいいのに」 二十分後ぐらいにお父さんの車のエンジン音が聞こえた。 「じゃあ私、そろそろ行くから」 「志音、気をつけて帰るのよ」 その言葉に返事せずに店内から出ようと扉に向かって歩こうとした瞬間。 「志音に逢えて嬉しかった」 「分かってなかったくせに」 「それはそうだけど……初めて志音と普通に会話して嬉しかったのよ。小さい頃しか会話したことなかったから……お母さんね、」 「もうお母さんじゃないくせに、もう何も言わないでッ」 相手の顔を見ずに明るい店内から暗い外へと飛び出した。 幼い頃はお母さんと私とお父さんでよく乗った車に乗り込んだ。 車内は静けさが充満していた。 「走っていいか」 「うん」 車がコンビニの駐車場から動き出した。店内には目を向けなかった。 街路に灯りもなくて、ほんとに真っ暗だ。 どんなとこにいたんだろう。 こんな静けさや暗さじゃ、何か考えたくなってしまう。 お母さんを遠回しに傷つけたであろう。後悔はしてない。私が先にやられた側だ。 どんな思いで幼少期を過ごしてきたか、何も知らない癖に。 知ろうとしない癖に。 新しい男の人捕まえて子供作って、その子供が死んだことに悲しみに耽ってたくせに。 何もかも知らないままでいたかった。なんでこの街なんかに来たんだ。会わなければよかった。 会いたくなかった── 夢を見た。 今の自分と、お母さんと買い物する夢。近場のスーパーで夕食を選んでいて、今日何作るのー? と質問したところで目が覚めた。 「志音、嫌な夢でも見たか」 運転席から振り向くお父さん。目には涙が溜まっていた。 「……ううん」 お母さんが嫌い。もうあんな人お母さんじゃない。 夢を見たせいかそう思えば思うほど目から涙が伝う。 「母さんの夢か」 「……」 「母さん、お前の反抗期を知らないから反抗されただけで喜んでたぞ。それくらいお前のことは―」 「私は、お母さんなんか思ってない」 言うつもりじゃなかったのに、頭がまだぼーっとしてるせいか気付けばそんなこと口走ってた。 「私を捨てたくせに、私のことなんか思ったこともない癖に………」 お父さんはひたすら黙って運転していた。 「本当はお母さんと買い物したかった、みんなみたいにお母さんのお弁当食べたかった、遠足から帰ってきたらお母さんに話をきいてほしかった、お母さんと出掛けたかった……!私だってスタバ行きたいよっ、私だって、私だって……っ」 その先の言葉が嗚咽につっかえて言えなかった。お父さんの低い低い声で、ごめんながきこえた。 ザーザーザーザー、と大きい雨音がエンジン音と共鳴していた。
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