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雨の音は好きだ。
すべての音を柔らかく隠してくれる。
例えば車の音。
例えば学校のチャイムの音。
例えば教室の椅子を引きずる音。
例えば人がしゃべる声。
「碧ちゃん!」
友達に呼ばれる声で、篠山碧は我に返った。目線を上げると、親友の萬田神楽が碧の机に手をついていた。親友の顔のドアップに、碧は思わずのけぞる。
「また、どこかに行っていたでしょう?」
神楽に言われて、碧はバツの悪そうな顔でごまかした。
「授業、終わったよ。わたしトイレに行ってくる。碧ちゃんは?行かない?」
碧が首を横に振ると、神楽はすぐに「オッケー」と言って、教室を出て行った。
神楽のこういうところが好きだ。気にしてくれるが、本当に碧の気持ちを訊いただけというのが分かる。
碧は今の生活に満足していた。
家族は好きだし、友達もいる。通っている小学校も悪くない。
ただ、碧は昔から口が利けないので、それは不便だ。自分の意思を伝えるのに、何かに書かなくてはいけない。自分も面倒だけど、相手も面倒なので、クラスメイトで神楽以外と話すことは少なく、友達も少ない。
だが、別にそれが不幸だとは思ったことはない。碧が考えていることや、碧の気持ちを、無理に聞き出そうとする人もいないので、かえって楽だと思っているくらいだ。
頬杖をついて、窓の外を見ると、雨は少し斜めに振っていた。ザーという途切れない音が、学校ごと閉じ込めて、外側にある恐ろしいものから守ってくれているように感じた。
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