ふたりの記憶  理想的な家族7ー碧

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「碧!」  雨音の隙間から、呼ぶ声が聞こえて、碧は振り返った。  学校からの帰り道で、しゃべらない碧を大声で呼び止める人は、二人しかいない。  紺色の傘が、あちこち振り回されながら、近づいてくる。  そんなに振り回して、傘の意味がある?  碧が立ち止まって待っていると、紺色の傘はあっという間に追いついてきて、傘の下から片割れが顔を覗かせた。  大翔はいつも放課後、サッカーのクラブチームの練習に精を出している。  そう疑問に思ったことが顔に出たのか、「雨が酷くて警報が出たから、練習中止になったんだよ」と、訊いてもないのに教えてくれた。  碧はひとつ頷くと、また歩き始めた。  碧は雨が好きだが、大翔には太陽が似合う。  双子なのに、自分とはまるで違うということが、碧には良いことに思えた。 「今日、体育でバレーやってただろ」  大翔が急にしゃべりだしたので、碧は大翔の方を向いた。  碧と大翔の身長はほとんど変わらないが、最近少しだけ、碧が高い。碧は気が付かない振りをしている。大翔が気付いているかは分からないが、気付いていたとしても、大翔は絶対に自分からは言わないだろう。  雨が強いので、声を張ってしゃべらないと、聞こえない。  そうまでして、どうしてこんなことを訊くのかなと不思議に思いながら碧が頷くと、「バレーうまいじゃん」と、大翔は怒ったように言った。  セリフと態度が全く合っていなかったので、碧は思わず大翔の顔をまじまじと見つめてしまった。  雨音のせいでよく聞こえない。ひょっとしたら、聞き間違いかもしれない。  だが大翔は怒ったような表情を崩さなかった。 「まわりの奴と比べても、全然うまかったよ。才能あるんじゃない?バレーやればいいのに。スポ少とかさ。うちの小学校でもやってたと思う」  決して碧の顔を見ようとはせず、しゃべり続ける大翔に、碧は驚きながら、なるほどね、と妙に納得してしまった。  大翔はわたしに何かをさせたいんだな。  口が利けず、しょっちゅう倒れてしまう碧に引き換え、すくすくと健康に育ち、サッカークラブで活躍している自分に、変な引け目を感じている。  馬鹿だな。  碧が鼻で笑ったことに気が付いて、大翔は本当に怒りだした。 「あ、お前、今笑ったな。俺は真剣に……」  確かにバレーボールは楽しかった。  自分が皆より体を動かせていることを碧は分かっていたし、やはり、大翔と双子だから運動神経がいいところは似ているんだなと、素直に思った。  でも、スポ少に入ってバレーを始めることは難しい。声出しができない自分は、どう言い繕ったところで、足手まといになるだろうし、うちの両親は忙しすぎて、スポ少でお世話係をすることは出来ない。だからといって、姉のこころちゃんに頼むのは酷だ。  すぐにそう言いたいが、説明するのは、家に帰ってからだ。  こうも大雨では、とても筆談などできない。  碧が足を速めたので、大翔も「ちょっと待てよ」と言いながらついてきた。
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