ふたりの記憶  理想的な家族7ー碧

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 雨の音は好きだ。  すべての音を柔らかく隠してくれる。  例えば車の音。  例えば学校のチャイムの音。  例えば教室の椅子を引きずる音。  例えば人がしゃべる声。 「(あお)ちゃん!」  友達に呼ばれる声で、篠山碧は我に返った。目線を上げると、親友の萬田神楽(かぐら)が碧の机に手をついていた。親友の顔のドアップに、碧は思わずのけぞる。 「また、どこかに行っていたでしょう?」  神楽に言われて、碧はバツの悪そうな顔でごまかした。 「授業、終わったよ。わたしトイレに行ってくる。碧ちゃんは?行かない?」  碧が首を横に振ると、神楽はすぐに「オッケー」と言って、教室を出て行った。  神楽のこういうところが好きだ。気にしてくれるが、本当に碧の気持ちを訊いただけというのが分かる。  碧は今の生活に満足していた。  家族は好きだし、友達もいる。通っている小学校も悪くない。  ただ、碧は昔から口が利けないので、それは不便だ。自分の意思を伝えるのに、何かに書かなくてはいけない。自分も面倒だけど、相手も面倒なので、クラスメイトで神楽以外と話すことは少なく、友達も少ない。  だが、別にそれが不幸だとは思ったことはない。碧が考えていることや、碧の気持ちを、無理に聞き出そうとする人もいないので、かえって楽だと思っているくらいだ。  頬杖をついて、窓の外を見ると、雨は少し斜めに振っていた。ザーという途切れない音が、学校ごと閉じ込めて、外側にある恐ろしいものから守ってくれているように感じた。
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