思い出の歌、雨音にのせて

2/2
前へ
/2ページ
次へ
「ねえ、彰久。雨だね」  少し手狭だけれど、小綺麗なマンションの一室で私と彰久は同棲していた。  窓ガラスを打ち付ける雨音に、私は彼との思い出を浮かべている。 「え? うん、雨がどうかしたの?」 「ほら、私達の出会いのさ」 「ああ! 君が雨の中歌ってたときね。あれは本当にびっくりしたな。だってびしょ濡れで構わず歌ってて」 「なにそれ、なんか私変みたいじゃん」  そうじゃないって、と彰久が笑う。  なんだか納得いかないが、心地よい雨音が私の気分を変えてくれる。 「ね、思い出の歌、覚えてる?」 「えっと」 「……私があの時、歌ってたさ」 「ああ、あれね!」  彰久がそう言って歌い出したのは、思い出の曲ではなかった。 「え?」  しかも、私の他の曲でもない。  全く聞いたことのない歌だ。 「なにそれ! そんな曲じゃないよ! 最低っ」 「待って、何で怒るのさ!」 「だって、彰久、私との思い出の曲……」  泣きそうだった。  いや、涙は私の意思とは関係なく、あふれ出ようとしていた。  私は反射的に、窓を開けてベランダに出た。  強めの雨粒を浴びながら、私は歌った。ほとんど反射的だ。 「ほら! それ、思い出の曲だろ」 「なによ……彰久。歌うの邪魔しないで」 「だって、さっき僕が歌った曲と同じじゃない」 「え……?」  そう言って、彰久がまた歌い出した。  さっき彼が歌った曲と――また別だ。全然違う。 「あのさ、それ私が歌った曲のつもり? さっき自分が歌ったの、もう一回歌っているつもり?」 「うん」  どうやら、彼は極度の音痴らしい。  私は笑って、二人して部屋に戻った。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加