第3章 新居の計画図

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第3章 新居の計画図

 三吉建設三吉社長が持って来た新居の計画図はかなり大胆なものだった。 「今回は設計図ではなく計画図といったものです。今後これを元に修正を加えて図面に起こしていきます。設計の先生にも同席いただきましたので、忌憚のないご意見をお願いします。」  三吉社長はそう切り出すと隣の初老の男を紹介した。その男は名刺入れから一級建築士事務所の名刺を差し出すと、カバンから計画図を取り出した。 「ありがとうございます。では、宜しくお願いします。」  昭輔は2人を促して席に着いた。マンションのダイニングテーブルである。  平面のデザイン図だ。分かり易く色づけもされており、外構部の構造も書き込まれている。 「百八十坪ありますからね、むしろ土地の使い方に苦労しました。まず玄関ですが、今とは違って南向きのこちらの道路に面した方にしてあります。」  建築士の岡林が説明を始める。 「玄関と玄関ホールはかなり広めにとってあります。ご親族も多いと言うことなので、複数の人の出入りが楽なようにしています」 岡林が言うと三吉がうんうんと頷いた。 「人の出入り・・・ですか・・・」 昭輔が漠然と繰り返した。 「親族の方が集まる時など玄関は広い方がいいでしょう」 三吉が付け加える。 「いや、集まる機会なんてあるかなあ・・・」 昭輔が怪訝な表情をする。そこへ妻加代がお茶の盆を持って来た。 「君も座りなさい」 昭輔は加代を隣の席に座らせる。加代は計画図を一目見て、 「大きなお家」 と感想を漏らした。 「そうなんですよ。この土地でしょう、建物が貧弱だと格好が付きません」 すかさず三吉が説明を加える。 「リビング・ダイニングは吹き抜けなんですか?」  昭輔が計画図を眺めながら質問した。岡林は20畳の吹き抜けリビング・ダイニングを指差す。 「はい。そして奥はお母様の8畳和室と中庭側のここに客室15畳を。更に夫婦の寝室とともにご主人の書斎をここに」 岡林が置いた指を滑らせていく。何とも贅沢な造りだ。 「まあ、建築費の方は何とかしますよ」  夫妻の顔を見ながら三吉社長が無責任に言い放つ。 「何とかって。それで見積はいつ頃出るんですか?」 「中身が詰まれば、半月ほどで」  言葉に詰まった昭輔が更に計画図を見ていくと、家の北側の角に6畳の部屋があった。洗面室、浴室、トイレ、納戸などの間に独立するように存在している。 「これはなんですか?」 「ああ、仏間です。その、御仏壇を納める部屋が必要だろうと思いまして」 答えたのはやはり三吉社長だった。 「しかし、仏壇は母の部屋に置けば・・・」  反論しようとする昭輔を三吉が遮った。 「それはいけません。お母様と仏壇を同居させるなど、感心しません。仏壇のある部屋には亡くなられた方の霊なども集まります。仏間は言わば霊界の入口。独立してあるべきですよ」  三吉社長に言われて納得したのは加代の方だった。義母と仏壇を同じ部屋にすることに加代は賛成していなかった。 「そうよ、お義母さんのお部屋は別にあった方がいいと思う」  加代は昭輔に言った。妻にそう言われては昭輔も反論できない。ただ、三吉社長の言ったことに何かが引っかかった。 「それより、この15畳の客間というのは。これは必要ないと思いますが」  昭輔が中庭側の大きな部屋を指差す。 「バランスですよ、バランス。これだけのお屋敷に客を通す客間がないって言うのは問題です」  三吉がすかさず返す。 「でもそれはリビングで・・・」 「リビングはあくまでご家族が寛ぐ場所です。客人を迎える部屋とは分けるべきです」 「ここは和室ですか?」 昭輔が客間について尋ねた。 「家全体は洋風のモダン建築となります。価格を抑える意味でも、リビングと同じフローリングにしようと思っています」  今度は建築士の岡林が説明した。 「そうです。基本はフローリングです。お母様の部屋だけ畳を敷きます」  三吉社長の説明に昭輔も同意だ。母親の部屋は畳敷きにしてあげたかった。 「母の畳の部屋にベッドを置くことは出来ますか?」  加代が2人の男に尋ねた。 「では、寝台をお作りしましょうか。お年を召したら畳でお布団よりベッドの方が楽です。とはいえ、和室にベッドはちょっと違和感が。作り付けで和室にマッチした寝台を作りましょう。上にお布団を敷かれてもよし、マットレスを置いていただいてもよし、です」 「あ、それいいわ。お義母さんも喜びます」  三吉の提案に加代が飛び付いた。 「そうすると1階には、リビングダイニングと私たち夫婦の寝室、それに母の和室、仏間、客間、それに私の書斎にするかどうかは別として8畳の洋間がもうひとつ。あとは納戸と洗面室に風呂、トイレ、そういうことですかね」 昭輔が改めて確認した。 「で、導線なんですが」  建築設計士の岡林が再び口を開く。 「導線?」 昭輔が聞き返した。 「ええ。この家は玄関から直接客間と2階へ繋がります。リビングダイニングを通過しなくても行ける構造になっているんです」  岡林がさも当然という顔で話し出した。だが、何度かの電話でも導線などと言う話しはしたことがない。  昭輔は走り出す建設会社と建築設計士に疑念を抱いた。 「お子さんたちだって、お友だちを呼ぶこともあるでしょう。その時に家族が寛いでいるリビングを通るとなると、ご主人も奥様もおちおち寛いでいられませんよ。玄関ホールのこの階段からそのまま二階の部屋へ上がれるのがいいと思います。」 と、これは三吉社長。三吉はそのまま岡林を促した。 「玄関ホールからはこちらの扉を通って客間へ行けます。ここが廊下になるんですが庭に面した明るい廊下です」  岡林の解説に依れば、廊下のせいでリビングの採光が悪くなるので、吹き抜けとして大きな天窓を付けるというのだ。 「リビングは陽光を一杯に取り入れて明るいですよ」  それを聞いた昭輔が口を挟んだ。 「やっぱり客間はリビングを通って行けばいいんじゃないでしょうか?」 「何故そうお思いに?」 と三吉。 「わざわざこんな所に廊下を作らなくても、リビングから奥へ入れば・・・」 昭輔はそう言うと、計画図に指を置いた。 「この廊下がなければ、リビングの窓から外も眺められるし・・・」  この廊下のためにリビングには窓がない。 昭輔がなおも言い募ると三吉社長が直ぐに反論してきた。 「お客様の多いお宅ですし、リビングをぞろぞろ横切る導線なんて・・・。」  三吉社長はそう言いながら岡林に目配せした。が、岡林は昭輔に特に反論しなかった。 「客間からはトイレや洗面室へ出られます。なので、リビングを通っても客間には行けます。廊下側の入口はあくまで正面入口です。ご親戚や賓客は正面から、廊下を通って。親しいご友人などはリビングを抜けて内扉から入られてもよろしいかと」  理屈は間違っていない。だが、昭輔は自分の疑問の回答にはなっていないと思った。それを察してか三吉社長が再び話し出した。 「リビング・ダイニングはご家族5人で使う場所です。お客様は別に客間があるんですから。私は壁掛けのテレビをお薦めしますよ。テレビを壁に掛けてしまえば、テレビ台を置くスペースが要らなくなります。リビングは広いままです」  三吉のこの提案に昭輔の心が揺れた。問題点をすり替えられたにも関わらずである。 「ああ、壁掛けテレビはいいなあ」 「でしょ? 60インチのテレビを入れたらいい。もちろん2階までの壁面がありますからプロジェクターを設置してホームシアターにすることも出来ます」  三吉社長はそう言うと岡林の腕を突いた。 「個人的にはプロジェクターよりプラズマの大型テレビの方が・・・」 「綺麗だと思います」 と三吉社長が見事なタイミングで後を引き取った。  3人の遣り取りを黙って聞いていた加代がここで疑問を呈した。 「あの、天窓のあるこのリビング、夏はかなり暑くなりますよね? そして吹き抜けの広い空間だと冬は寒いのでは?」  加代が言い出すと、直ぐに昭輔が答えた。 「どっちにしてもエアコンは入れるんだから。リビング・ダイニングは大きめのを入れることになるんじゃないかな」  ここで岡林が声を上げた。 「ご提案なんですが、全館空調システムを入れてはいかがでしょう?」 「全館空調?」 「昔風に言えばセントラルヒーティングというやつです。もちろん冷暖兼用です」 「いや、そこまでは・・・」  昭輔が否定したが三吉が構わず続けた。 「吹き抜けのリビング・ダイニングは200Vの高出力のエアコンが必要です。他に寝室やお子様たちの部屋だってエアコンは必須でしょう。そうすると室外機だけで一体何台置くことになるでしょう?」  昭輔は言われたことを想像してみた。夫婦の寝室にも母の部屋にもエアコンは必要だ。4台、5台は必要なんじゃないかと考える。その思考を見透かしたように三吉が続けた。 「せっかくの広いお庭がエアコンの室外機だらけになってしまいます。エアコンを4台、5台入れたらそこそこ費用もかかりますよね。今の住宅は密閉度が高いです。だから全館空調が生きてきます」  すると加代がまた手を挙げた。 「奥様、どういたしました?」 「その、全館空調ってお幾らぐらいするんですか?」 「この規模の住宅用なら300万位で買えると思います」  三吉社長の代わりに岡林設計士が答えた。 「なかなか注文住宅で全館空調は難しいんですよ。メーカーが住宅メーカーとタイアップしてて、それ以外には卸さないんです」 「どうしてですか?」 「設置したのはいいけど、あまり冷暖房効果がないとか、その、家の構造上ですね。そういうトラブルを避けたいからです。でも、この岡林先生は住宅メーカーの設計も手がけてらっしゃるので、話がつきます」  三吉社長は気持ち胸を張った。
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