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バラード
エレキギターが最後の一音を引き延ばし、パワフルなドラムがエンドリピートを刻んだ。観客がいっせいに声を張り上げる。男も女も、あらん限りの声で叫び、手を叩き、汗を散らして飛び跳ねる。
バンドメンバーは眩しいステージの上で汗を拭うと、視線だけで合図を交わし、興奮が冷めやらぬうちに歪んだメロディを奏でた。吠えるような歓声が息をのむ瞬間の嬌声に変わり、沈黙が波紋のように広がった。
切ないメロディがホールに響く。彼らを代表するバラード。名曲をつくりあげたベーシストは、開演してから一度もこっちを見ない。この一角にだけ、目を向けようとしない。
ヴォーカルが低く甘い声を乗せる。会場の音を吸い取って響く。静かに雨が降る安アパートで、あなたが私のために書いてくれた曲に、誰もが自分のことを重ねあわせて聞き惚れている。
すべての音を消し去るように、悲しいバラードが響いている。
(了)
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