3.事故

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3.事故

 家の電話がプルル、と大きな音を立てる。今時家の電話にかけてくるなんて誰だろう、私は訝しく思いつつ受話器を取り上げ通話ボタンを押した。 「もしもし?」  そこからの記憶は曖昧だ。妹が事故に遭ったということ、心肺停止で非常に危険な状態だということを告げられたように思う。気付けば家族揃って病院にいた。何だかまるでドラマでも見ているようで全く現実感がない。手術室から出てきた医者が悲痛な表情を浮かべ妹は脳死状態だと私たちに告げる。そしてこう言った。 「臓器提供カードを所持されていました」  臓器提供か、と複雑な気持ちになる。私もドナーを待っているひとりだから。でも目の前に臓器提供可能な心臓があるからといってすぐに移植してもらえるわけじゃない。ドナーを待つレシピエント(臓器提供をされる側)は多い。順番待ちなのだ。だが医者は更に意外な事実を口にした。 「親族優先提供、しかもお姉さんの名前が明記されています」  そんな制度もあったな、とぼんやり思い出す。私を指名していた? 大嫌いな妹から心臓をもらうというのに抵抗がないとは言えない。まるで妹が体に侵入してくるような嫌悪感がある。臓器にまるで生前の記憶でもあるかのように、移植された後で食の好みが変わったなんてオカルトじみた話を聞いたこともある。馬鹿馬鹿しい、と首を横に振った。これで健康な体が手に入るんだ。私は提供を受ける意志を示した。
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