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1 正しい理由
トーヤたちがラデルの工房に入った頃、シャンタル宮の謁見の間ではまだ詮議が続いていた。
最初は唐突に鳴らされた「封鎖の鐘」のことで神官長が事情聴取を受け、それから続くように「青い香炉」を新米侍女に渡した謎の侍女のこと、「青い香炉」になったかも知れない「黒い香炉」のことと、次々に問題点を変えながら、終わる兆しが見えてこない。
「お願いがあります!」
キリエに何かを仕掛けた人間の思惑を知るためにも「中の国」一行の行方を探すように。マユリアがルギにそう命じたすぐ後、神官長が進み出てそう言った。
「なんです、神官長」
「セルマの話も聞いてやっていただきたい」
そう言ってマユリアの前にひれ伏し、額を床につけて続ける。
「セルマの話を聞いていただければ、セルマがいかにこの宮の、この国の、いえ、この世界のことを考え、そのために生きている人間なのかをお分かりいただけると思います。マユリアはこの件でまだ一度もセルマの話を聞いてはくださっていらっしゃらない、そうではありませんか?」
「確かにそうですね」
マユリアは素直にそう認めた。
ここに集まった時、マユリアはまだ何が起こったのかをほぼ知らぬ状態であった。
そもそもはいきなり鳴った「封鎖の鐘」のことを聞くために関係者を集めたのだ。それが、神官長がその理由として上げたセルマ逮捕の話からそういう流れになっていったのだった。
「神官長の申す通りです。わたくしは何もかもついさっき知ったばかり。セルマのこともその時に伝え聞いたままで本人の言葉を直接何も聞いていません。ルギ、セルマをここへ」
「はい」
ルギがマユリアに頭を下げると、部下に命じてセルマを連れてこさせた。
セルマは特に拘束もされず、両側を衛士に付き添われて堂々と謁見の間に入ってきた。
そのまままっすぐマユリアの前まで来ると、ゆっくりと膝をついて正式の礼をした。
「セルマ、頭をあげなさい」
言われてゆっくりと立ち上がり、正面からマユリアを見る。
その目の色。
自分に対する非難を含んだ目の色にマユリアは気づいた。
『侍女頭のキリエ様に対して思うところがあるようでした』
ルギはそう言っていた。
おそらくセルマは自分に対しても思うところがあるのだろう。
『自分のことしか考えておらぬゆえ軽蔑している。そうされるだけの理由がある』
セルマはそうも言っていたと聞いた。
ではおそらく、自分のことも軽蔑しているのだろう。
「セルマ」
ゆっくりとマユリアは話しかける。
「本当におまえがキリエを害そうとしたのですか?」
セルマは少し考えるように視線をやや落としたが、やがてゆっくりと上げて正面からマユリアを見た。
「マユリアがご覧の通り、今、わたくしはこのように囚われの身となっております。それはそれだけの理由がある、衛士たちがそう判断したからでしょう。マユリアはどうお考えでしょうか、わたくしに囚われるだけの理由がある、そうお思いでしょうか?」
マユリアが美しい眉をひそめ、小さくため息をついた。
「セルマ。その返事では分かりません。おまえはキリエに何かをしたのですか? それともしていないのですか?」
直接的な問いにセルマはゆるく笑うとまたゆっくりと答える。
「わたくしを捕らえるだけの理由がある、衛士たちはそう判断し、わたくしの身をこのような状態に置きました。マユリアはそれを許しておられる。つまり、その理由が正しい、そう判断なさったからです。もしもその理由が間違っていたなら、すぐにわたくしの身は開放されるはずです。そうですよね」
「セルマ、わたくしにはおまえが何を言いたいのかさっぱり分かりません」
マユリアが悲しげに首を振る。
「つまりそうされるだけの理由があれば、その理由が正しければ、そうなることもまた正しいのだ、そう申しております」
セルマはゆったりと微笑みすら浮かべながら続ける。
「わたくしがやったかやらなかったか、そのようなことはすでに問題ではありません。キリエ殿にはそうされるだけの理由があってそのような状態になった、そう申しております」
「セルマ、それでは答えになっていませんよ」
マユリアはセルマをじっと見てそう言う。
「おまえが本当にやったのか、それともやっていないのか、そう聞いています。どうなのです」
セルマはそれには答えず。
「さきほどから申しておりますが、正しい理由があればその行動は肯定されます。ですからキリエ殿が災厄に見舞われたのは正しいことなのです。誰がやったかは関係がありません。正しくないことをしたのはキリエ殿です。キリエ殿が罰されることは正しい。ならば誰がやろうがそれは正しい行いなのです」
「セルマ……」
マユリアは悲しそうに視線を落とす。
「その答えではおまえを開放するように命ずることはできません。調べが終わるまで懲罰房に入っていてもらうことになります」
「懲罰房でもどこへでも参ります。わたくしが正しいことはやがて証明されるでしょう。ですが、それならば、この宮にはもう一名、わたくしと同じように懲罰房に入ってもらわねばならない人間がおります」
セルマはゆったりとそう答えた。
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