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2 正義の肯定
「もう一人懲罰房に入らねばならない人間?」
「ええ、そうです」
セルマが皮肉そうな笑みを浮かべてその名を口にする。
「ミーヤという、中の国ご一行の世話役を勤めていた侍女です」
「え?」
マユリアが思わず目を丸くして聞き返す。
「ミーヤがなぜ懲罰房に入らねばならないのです、言ってみなさい」
言葉もないままのマユリアに代わって思わずキリエがそう言った。
「あの者がキリエ殿を害する目的であの一行を引き入れたのです」
セルマが真っ直ぐキリエを見て、勝ち誇ったようにそう言う。
「何を証拠に」
キリエは見たところは様子が変わるところはないが、内心ではセルマがミーヤに目をつけたことに焦りを感じていた。
セルマには、目的を決めたらそこに向かって一直線に駆けていくような部分がある。
今のこの状況も、そこに気づいた神官長によってセルマの言う「正義」に向かって駆け続けているようなものだ。
「証拠ですか? さきほど耳にしたのですが、中の国の護衛、仮面をかぶったルークと申す者、あの者、その正体は八年前に託宣によってこの国に流されてきたトーヤというならず者と聞きました」
「トーヤはならず者ではありませんよ、シャンタルの託宣によってこの国に遣わされた『助け手』です」
マユリアがセルマの言葉を遮る。
「その託宣の通り、十分、いえ、過分とも言える働きをしてくれました。そして今も、その役目のために世界のあちこちを旅しているのです」
「ですが、その者、身元を偽ってこの宮に忍び込んでおりました。違いますか?」
今度はセルマがマユリアの言葉を遮る。
違ってはいない。
形だけを見ればセルマの言い分が正しい。
「違ってはいませんね」
マユリアも認めざるを得ない。
「ですが」
認めた上で続ける。
「トーヤはこの国のために動いてくれる託宣の客人、助け手です。そのために必要なことであったのだろうと思います」
「では」
セルマがマユリアに真っ向から向かって言う。
「さきほどわたくしが言ったこと、そのトーヤと申す者の行動は正しい理由があったゆえのこと、であるから肯定される、そうおっしゃるのですね」
確かにそうだ。
形だけを見ればやはりセルマの言い分が正しい。
「わたくしは」
マユリアも真っ向からセルマを見て続ける。
「トーヤを信じています。それは八年前のトーヤを見ていれば分かることです。たしかに振る舞いは粗暴で勘違いされる部分もあるかも知れません。ですが、トーヤは誠実で信用に足る人間です」
「そうですか」
セルマが勝ち誇ったようにクイッとあごを上げた。
「では、マユリアはこのわたくしのことは、幼い時からシャンタルとマユリアのために尽くしてこの宮で生きてきて、この先の人生を全て捧げると誓いを立てたわたくしのことはお信じになれない。だから証拠もなくわたくしが罪人である、そうおっしゃるのですね?」
沈黙が落ちる。
セルマは幼い時にシャンタル宮に一生を捧げると決めてこの宮へ入ってきた。
そして生真面目過ぎるほどに真面目に職務に務めてきた。
だが、その考えがたとえ正しくとも、他人の、そして自分自身にすら間違いを認めぬ、その頑な過ぎる性格は、取次役という大きな役目に就いて大きな力を持った後、多くの侍女たちが畏怖するものとなっていった。
この場になっても、そのままのセルマ、変わることのないセルマは心から信じているのだ。
――自分は正義のために動いている、と――
マユリアにもそれが分かった。
そして言い分だけを聞くと、確かにトーヤを手放しで正しいと言うことはできないとも分かった。
「そうですね、おまえの言う通りです」
「では」
「おまえの言う通り、ミーヤにもトーヤにも理由を聞きます。その上で正しいか正しくないか、天がお認めになる行動であったのかを判断しなくてはいけません」
マユリアがルギを見て言う。
「ルギ、トーヤをできるだけ早く探し出し、詮議の場に連れて来てください」
「はい」
ルギがいつものようにマユリアに頭を下げる。
「そのためにもミーヤにも話を聞かなくてはいけませんね。ミーヤだけではなく、ダルやリル、それから他に関係者全員を。キリエ、すぐにみなを集めてください」
「はい」
キリエもいつものようにマユリアに頭を下げ、すぐに侍女たちに命令を下した。
「ありがとうございます」
セルマは満足そうに微笑む。
「わたくしも自分の正義が証明されるまで、喜んで懲罰房に入らせていただきます。その上で、どちらが正義か、はっきりとさせていただきたく存じます」
セルマは優雅に正式の礼をして、ゆっくり、ゆっくりとまっすぐ姿勢を正した。
そしてしばしの後、ミーヤ、リル、アーダが謁見の間に呼ばれた。
「今、宮におる者はこれだけですが、他にご一行と懇意にしておりました者がおります。すでに時間は遅くはありますが、今夜のうちにその者たちもこの宮へ連れて来るように部下たちに命じました」
カトッティに停泊中のアルロス号、カースの村人たち、それからリルの父であるオーサ照会のアロなどの元に衛士たちが走っていた。
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