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失恋からの
会社から帰宅してマンションのエントランスを通り過ぎ、エレベーターホールに向かう。そこにいた人に、思わずドキッとした。
漆黒の艶やかな少し長めの髪を無造作に後ろで束ね、黒ブチの眼鏡をかけた細身の男。服装はいつも、とってもシンプルだ。
何度かマンションのエントランスやエレベーターで見かけたことがあるからここの住人なのだろう。
いつもどこか妖艶で独特なオーラを纏ってる男は、簡単に他人を寄せ付けないに違いない。眼鏡の奥の切れ長の目が鋭く光ってて、普通に近寄りがたい。
そのクセに佇まいだけで他人に存在を記憶させるとか。なんて男だ!って、何度目かに見かけた時に思った。
同じマンションの沢山いる住人の中のひとりにすぎないのに、あたしに鮮烈な記憶を残したその男が久しぶりにあたしの前に姿を現した。
同じエレベーターに乗り込む。先に乗った男が、〝開〟ボタンを押してあたしが乗り込むのを待っていてくれた。でも、こちらを見たりはしない。
頭を下げながら乗り込むと、すれ違いざまに煙草と爽やかな香りがした。
男とあたしの間に、もちろん会話などない。先に降りたのはあたしで、男の住み処がもっと上の階だとその時初めて知った。
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