世の常

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「一人でやれよ!」 と元カノに言われた。彼女は紗江(さえ)という名。別れてからも肉体関係はあった。俺も紗江も肉体の相性は良かった。だからズルズルと関係は続いてしまった。だが、彼女の嫌な体位を無理矢理させたらキレてしまい、捨て台詞を吐いて下着と服とズボンを履きハイヒールを履いて出て行ってしまった。「畜生!」と俺は叫んだ。  紗江との相性は最高だ。だから、逃したくない。紗江は、「文夫(ふみお)はあたしとやりたいだけだからもう終わりにしよう」 言った。だが俺は、「勝手に決めんなよ! お互い気持ちよくて良い関係性だろうが!」 怒鳴るように言うと、「好きな男が出来たの。だから、貴方との関係はおしまいよ」 残念な事を言われた。だから俺は尚更引き留めようとした。紗江の両腕を掴んで家の壁に抑えつけた。「痛いってば! 文夫!」「お前は俺のものだ。俺の傍にいろ!」 紗江を壁に打ち付けるように何度も前後に揺すった。すると頭を強打したせいか紗江の体はズルズルと地面にずり落ちた。文夫はやばい! と思った。なので、彼女をおぶってソファに寝かせた。文夫は思った。(まさか死んでないよな……)彼は怖気づいて来た。彼女の半開きになった口に頬を近づけた。大丈夫、呼吸はしているようだから生きている。危うく犯罪者になったかと思い焦った。  暫く紗江をそのままにして様子を見ていると、彼女のスマホが鳴った。誰からだろう? と思い覗いてみた。画面には田上信二(たがみしんじ)と表示されていた。紗江の好きな男というのはこいつのことか? 分からないから放っておいた。  文夫は紗江が目を覚ますまで煙草を吸いながら待った。 約1時間後。彼女は「ん……」と声をだして目を覚ました。文夫は、「大丈夫か? さっきはやり過ぎた、ごめん。多分、意識を失ったのは脳振とうを起こしたせいだと思う」 紗江は体を起こし、「……よくもやってくれたわね。打ち所が悪かったら死んでたとこよ!」 文夫に罵声を浴びせた。「すまん……」 紗江は文夫を睨みながら、「二度とこんなことしないで! 次、やったら警察に通報するからね」 言った。彼女の目を見ると真剣だ。「……わかった」  そう言われてから彼女は自分のバッグを持って文夫のアパートを後にした。  紗江は気が付いてから、文夫を一喝した後すぐにこの場を去った。病院に行かなくて大丈夫だろうか?  一応、LINEしておこう、<頭ぶって気絶したから病院に行かなくて大丈夫か?> という内容のを。  だが、返事は来ない。気付いていないのか、無視しているのか分からないけれど。  気付いたことがある。それは紗江のスマホがテーブルの上に置きっ放しになっているということ。まあ、忘れた事に気付いたらまた来ると思うけれど。届けてもいいが、今どこにいるのか分からない。  でも、着信のあった相手は男性。一体、誰なんだ。好きな男が出来たって言うからそいつじゃないのか。その可能性は高いと思う。クソッ! 俺の紗江なのに何でアイツは俺から離れようとするんだ。  それから少しして、文夫のアパートの部屋のチャイムが鳴った。紗江かな? そう思い玄関に行き「はい」と返事をすると、「(ゆい)だけど」 彼女は中学の頃の同級生。すぐに開錠し、ドアを開けた。「おー! 唯。久しぶり!」「暇だから遊びに来た」 唯は中卒で就職した。家の経済が苦しい訳ではないけれど勉強はしたくなくて母親の反対を押し切って受験はしなかった。担任の先生も、「唯は自分のしたいこともはっきりしているし、仕事はしていく訳だから例え夢が破れても収入は途絶えない。だから、先生は就職することは反対しないよ」と言っていた。 「まあ、入れよ」「うん、ありがと」  今日の唯は機嫌が良さそうだ。何か良いことでもあったのだろうか。いつもはここまで笑顔は多くない。暗いという意味ではないけれど。 「ちょっと文夫、聞いてよ」「どうしたんだ?」「私の小説、佳作ださ!」 彼女は凄く嬉しそうに言っている。「凄いじゃないか! 佳作。そういうものに打ち込めることがあるだけで羨ましいというのに」 唯は得意気になって、「凄いでしょ!」 言った。文夫は、「佳作の上はあるのか?」 質問すると彼女から笑みが消えた。「大賞があるよ。何でそんなこと訊くの?」 唯は気分を害しているように感じる。「何だ、怒っているのか」 彼女は黙りこくった。でも、「せっかく佳作取って喜んでいるのに、ぶち壊しじゃん」「そうかなぁ、大賞という目標が出来て良いと思うけど」 唯はムッとしている。そんなに怒ることか?「そんなこと言われなくても分かってる!」 彼女は文夫を睨んでいる。「何だよ、久しぶりに会ったんだから、笑っててくれよ」 彼の話を聞いていないのか、依然として睨み続けている。「いつまで見てるんだよ」 イラっとした文夫は、つい言ってしまった。「あーっ、もう! こんなことしに来たんじゃないのに!」 文夫はあははっと笑った。「笑わないでよ、もう!」 唯は彼が笑ったのを機に笑った。「何だ、唯も笑ってんじゃん」「うん、何だか可笑しくなっちゃって」 言いながら尚も笑っている。「まあ、頑張れよ! 応援してる」 はち切れんばかりの笑顔で、「ありがと!」 と言った。  唯はテーブルの上に上がっているピンクのスマホに気付いた。「これ、文夫のスマホなの?」 見られてもヤバくはないが、元カノとまだ繋がっていると知られたら唯もいい気はしないだろう。なので、「妹のだよ、忘れていったんだ」 とその時、部屋のチャイムが鳴った。だれだ? と思いながら、「ちょっと、待っててくれ」 彼女にそう言ってから玄関に向かった。開錠し、ドアを開けた。すると紗江だ。「ごめん、スマホ忘れた」「ああ、今持ってくるよ」「誰か来てるの?」「う、うん。友達がな」 文夫は逃げるように部屋の中に戻った。そして、ピンクのスマホを持ちすぐに玄関に戻り紗江に渡した。「女でしょ」 紗江はニヤニヤしながら文夫を見ている。「いやらしい顔だなぁ」 そう言うと、アハハハと大きな声で紗江は笑った。その笑い声が部屋にいる唯に聞こえていると思うと焦った。唯が文夫に恋愛感情がないのは分かっているからまだいいけれど。これで唯が交際している女だったら紗江とは外で話していた。「じゃあね、仲良くやるんだよ」 そういって去って行った。  唯の元に戻ると「誰?」 と訊かれた。「言いにくいけど……元カノ」「そうだったんだー、別れても交流あるのね」 文夫は気まずい気分になったので黙っていた。文夫は思い付いたことを言った。「唯は彼氏いないのか?」「いるよ、今彼は仕事に行っていないから来たの」「いいのか? 友達とはいえ俺男だぞ?」 唯は笑い出した。それから、「大丈夫よ、仕事はこの辺でしてないから」 意外だ。唯は結構軽いところもあるんだな。まあ、バレても文夫は知らんと思っている。紗江も好きな男が出来た。唯も彼氏がいる。文夫は独りぼっちだと思った。  独りは嫌だ! だって寂しいじゃないか。以前にもあったが、結局文夫は独りぼっちになる。何故だ! なぜ独りになってしまう。文夫は常に誰かと一緒にいたい派。なのに……。なかなか世の中自分の思った通りにはいかないものだということを痛感していた。これが世の常か。                            (終)
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