わたしを全部あげるから

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 子槻の瞳はまっすぐで、けれどほんの少しだけ苦しそうで、首筋から頬へ熱が駆け上がってきた。子槻の瞳は暗闇の赤さんごのようで、よく見ると月明かりに赤い。月のうさぎもそういえば目が赤かったな、と思考がよく分からないところに逃避する。まつげが白っぽくて、ああ、まつげまできなこ色なのだと思った。  視界の端で、白い花びらが落ちていく。この生ぬるい湯に包まれているような、そわそわした空気は、夜の桜のせいなのだろうか。 「ちょ、ちょっと、あの……ご、ごめんなさい、子槻さんのことは、嫌いではなく……でも、これが恋の好きなのかよく分からないのです……だから、もう少し時間をもらえませんか」  こわごわ子槻を見つめると、子槻は真剣な表情から頬を緩めた。 「残念だけれど、もちろんだとも。わたしは春子のそばにいられることが幸せなのだ」  子槻は流れるように春子の手を取って、自身の頬に当てた。触れた子槻の頬は、夜風で心地よく冷たい。 「いつか春子の心が決まったら、交換しよう。わたしを全部あげるから、春子を全部おくれ」
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