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幸せなのだ
花の香はなくとも、暖かい風には春の匂いがする。
植木鉢、座布団、白粉の缶。見慣れた小間物屋の店内だ。ひとつだけ違うのは。
「ありがとうございます。またどうぞよろしく」
春子のかたわらで共にお辞儀をするきなこ色の髪。顔を上げた子槻は、春子のほうを見て、春の日だまりのように微笑んだ。
天野上原から戻ってきて、子槻は玲の家に下宿することになった。玲にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。子槻に関する記憶は皆から消えていて、天野家には戻れなかった。
そうして一下宿人となった子槻は、玲の紹介ということで春子の家の小間物屋で働くことになったのだ。
春子の縁談は破談となった。天野上原での香水作りに時間がかかりすぎて、見合いをすっぽかす形になってしまったからだ。もちろん平身低頭して謝罪した。相手は傷心で、相手の父親に必死に詫びた。けれどどうやら父親はあまり乗り気ではなかったらしい。息子の熱意におされてはからったが、急な話だったことだし、と謝罪を受け入れてもらえた。
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